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「好く力」の強弱は幸福度に比例するか  第10回 「推し」持ちと推せない女との深い溝 

 思えば平成の頃まで、日本女性は基本的にモテを求める時代が続いていました。なんだかんだ言っても、「やはり女性は、男性から愛されるのが幸せ」で、「告白やプロポーズは、男性から」がよい、とされていたのです。
 そんな時代、「anan」など革新系女性誌に定期的に掲載されていたのが、
「愛されるよりも、愛する女性になろう」
 といった特集でした。男性からモテるのを待つのではなく、自分から好きになったり、自分から告白してもよいのだ。ただモテを待つよりも、自発的に愛することによって人生は豊かになる、と。
 ところが革新系女性誌でいくらその手のことを訴えても、「CanCam」などの保守系女性誌では「春の愛されメイクテク」やら「モテカワワンピ大特集」やらを押し出し続けました。自分から愛したり告白したりといった気配は、その手の雑誌の中には微塵も見えなかったのです。
 そんなモテの時代、モテる人はモテない人より偉いという意識があったもの。モテの量よりも質が大事だ、といった細かな議論はあったものの、ちゃんとモテてちゃんとプロポーズされた人を、そうでない人はじっとりと見つめていたものです。
 しかしその後、モテの戦線から離脱する女性達が続出します。努力したからといって必ずモテが得られるわけではない恋愛の現場は、あまりにハード。心が折れて「もうやめた」と戦場から離れる人が多くなり、モテブームは沈静化していくことになります。
 そんな女性達がふと視線を上げた時、そこにいたのが、先達であるおたく達だったのではないかと私は思っています。彼女達は、そこでおたくとカップルになった……のではなく、「あの人達みたいに、モテなど求めずに、自分から何かを好きになることに徹するのも、いいかも」と思ったのではないか。おたくの世界では、モテの世界のように、努力がアダとなることはないのですから。
 今、ひたすら「好き」という気持ちを掘り下げていく女性達が増えている背景には、そのような事情があるように思います。自発的に何かを好きでいる時間は、モテを待つだけの時間よりもずっと充実しているということで、女性たちは好きな対象にどっぷりとハマっているのではないか。
 何かを好きになりたくてたまらず、ウズウズしている人だらけの今の世。いわゆるコンテンツビジネスに携わる人々は、そんな人々の渦の中に何を投入すると、人々の「好きになりたい」という欲求を充足させることができるかを、日々考えています。恋愛や結婚といった面倒臭い行為からは逃避し、ただ「好きになりたい」「ハマりたい」という欲求を抱えてうごめく人々は、今度は巨大な市場として狙われているのです。
 が、ただお金を払うだけで欲求が充足できるならば、こんなラクなことはありません。
 アイドルやアニメのグッズに投入される多大なお金は、本来何に使われるはずのお金だったのか。……などということは考えず、人々は日夜、「好く力」にひたすら磨きをかけているのでしょう。

*次回は5月5日(金)公開予定です。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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