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「好く力」の強弱は幸福度に比例するか  第10回 「推し」持ちと推せない女との深い溝 

 特定のジャンルにだけ詳しく、その他のことにはほとんど気を配らないように見えるおたく。当初は、揶揄混じりに「おたく」と言う言葉は使用されていました。
 しかし「好く力」が注目される世の中になると、おたくは尋常でなく強い「好く力」を持つ人々として、一種の畏敬を集めるように。そして、たまたまアニメやアイドルや鉄道など、趣味の分野におけるおたくばかりが目立っているけれど、何かを深く追求する研究者なども、実はおたく的気質を持つ人々。……であるとしたら、おたく気質は世の中に不可欠なもの。何かに没頭できる資質は素晴らしい!!という気運も見えてきます。
 「好く力」に恵まれない人々は当初、おたくのことを下に見ていました。しかしどれほど揶揄されようと、おたく達は全く気にしません。というよりおたくの人々は他者からどう言われようと、好きな対象を思い切り愛することさえできれば、とても幸せそう。この、“おたくの多幸感”も、今は注目される感覚でしょう。
 おたくの人々の多幸感の源は、「好かれる」ことに無関心、というところにあるのではないかと、私は思っています。思う存分に「好く」ことさえできれば、好かれなくてもおたく達は平気。もちろん、好かれればそれなりに嬉しいけれど、好いている対象から好かれなくても、またその他大勢から好かれなくても、彼等は何ら痛痒を感じない模様です。
 好かれることに無関心なその姿勢は、「モテ」に汲々とする人々とは正反対に見えるのでした。より良い異性と付き合ったり結婚したりするためにはとにかくモテなくては、と特に女性が必死になっている時代が、かつてありました。相手に好かれる外見になるように努力をし、相手が手を出しやすそうな発言や態度を心がけるというその姿勢は、楽しそうでありつつ、大変そうでもあった。
 モテそうな外見、モテそうな言動をいくら整えたとて、最後の判断は相手に任せなくてはならないという、受動的な状態にあるのが、モテの現場にいる人々です。自分が本当に好きなこと、したいことをするというよりも、相手の好みを予測し、合わせてばかりいることによって、彼女達からは「好く力」が薄れていったのです。
 対しておたくは「どうしたら好かれるか」という思考は捨て、対象を好く能力のみを肥大化させた人々です。そこに見返りがなくとも、自分が存分に好くことができれば、満足することができる。
 鉄道おたくの知人男性が何人かいるのですが、彼等は皆、とても幸せそうです。中には、鉄道を愛しすぎて人間を愛する暇がなく、ほとんど鉄道と結婚したような人もいます。が、そのような人も、
「やっぱり家族を持っておけばよかった」
 などと言うことは、決してない。いつでも列車に乗りに行くことができ、どこにでも鉄道模型を置くことができる自由は独身ならではのものと、何歳になっても多幸感に浸り続けているように見受けられます。
 そのような人々を見ていると、私はやはり、「好く力」を豊富に持つ人が羨ましくなってくるのです。幸せな人生を送るには、つがいを作らなくてはならず、そのためには異性に好かれなくてはならぬ、と私も若い頃にはゼイゼイしていましたが、何かを、そして誰かを強烈に好きでいるだけでも、人はこんなに幸せなのだ、と。
 

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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