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「好く力」の強弱は幸福度に比例するか  第10回 「推し」持ちと推せない女との深い溝 

 推しを持つ人々は今、私のような“推せない女”に、「推しを持つということが、いかに人生を豊かにしているか」を懇々と説きます。
「推しがいなかったら私、生きていくのが嫌になっていたと思う。あなたも推しを持った方がいいわよ」
「ライブに行くと、全身の細胞が活性化される感じ!」
 ということで、推しを持つということは、ほとんど健康法とか宗教のようなものとなっている。その手の人の前で「推しを持たない人」は、喫煙者とか異教徒かのように見られるのです。
「推しを持つべき」という布教、ではなくプレッシャーにさらされた結果、新たに推しを持つに至った中高年も、激増しています。大人になって罹患した水疱瘡のようにその症状は激烈ですので、
「推しを持ってから、人生が変わった。モノクロだった世の中に、色がついたの!」
 とか、
「推しのライブに初めて行った時、『やっと自分も推しを持つことができたんだ』と思ったら、嬉しくて号泣してしまった」
 など、その効能が強い口調で語られるのでした。
 その昔、アイドルに夢中になるような人は「ミーハー」などと言われていたもの。大人になってまでアイドルを追い続ける人はいませんでしたし、いてもその性癖を隠していたのではないか。
 対して今、推しを持つ大人はどこか誇らしげであり、大手を振って推しています。「好く力」を持つ人と持たない人の間には確実に分断が生じ、あちら側には時流に乗っているムードが漂うのです。
 このような状況を見ると、「好く力」への評価が、ここ数十年で激変していることが理解できるのでした。その昔、何かもしくは誰かのことを激しく好きになる人のことは、「○○マニア」とか「○○狂」と言われていました。「マニア」はもともとも、狂気を意味する言葉だそうですので、両者の意味はだいたい同じ。一つのことに、熱狂的に夢中になる人のことを指していたのであり、多少呆れながら傍観するムードが、それらの言葉には含まれていました。
 そこに「おたく」という言葉が登場したのは、一九八〇年代のようです。アニメ好きなど、互いのことを「おたく」と呼び合うような人たちのことが「おたく」と称され、その絶妙なネーミングが世に広まったのです。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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