2022.12.2
ハーバードのことは考えずに、東大だけを見て「すごい」と思い込むことの幸せ感 第6回 東大信奉と低学歴信仰
東大など高学歴の人はこのように、高学歴だからこその利益も得つつ、高学歴ならではの偏見と苦労をも背負いつつ生きています。社会に出た後は、少し失敗するとすぐ、
「東大なのにこんなこともできない」
「あの人、東大なのに使えないね」
などと陰で言われることに。高学歴者の場合、超えなくてはならないハードルが最初からうんと高く設定されているのです。
東大卒の偉い人が何かの拍子で逮捕されたり、スキャンダルが流出したりした時も、我々はおおいに興奮するものです。転落幅が大きければ大きいほど、他人の不幸の糖度は上がるのであり、東大→逮捕などという転落はまさに、庶民にとっては虫歯に沁みそうな蜜の味。
「東大出なのにあんなことをして」
「やっぱり東大に入るような人って、一般的な常識は持ってないのかもね」
などと、何の躊躇もなく偏見を披露して、生き生きと誹謗中傷するのです。
してみると学歴格差の「上」にいるのも、なかなか大変なことなのでしょう。我々は普段、「すごい」「さすが」などと脊髄反射のように東大を絶賛するものの、転がり落ちてくる東大を受け止めるつもりは、無い。それが天皇であれ首相であれ、頂点にいる者を褒めるもディスるも庶民にとっては娯楽なのであり、東大生もまたその対象なのですから。
姫野カオルコさんの『彼女は頭が悪いから』は、実際に起きた、五人の東大生による女子大学生に対する強制わいせつ事件を下敷きとした小説です。東大生という肩書きに、女はホイホイと寄ってくる……という全能感を持つ大学デビューの男子学生達が、偏差値四十八の女子大に通う女子を無理に酔わせ、酷いわいせつ行為に及ぶ。偏差値の差、男女の差、恋愛感情と性愛欲求。……と、様々な差異や格差そして欲望がいかに絡まり合って性犯罪が発生したかが、ここでは明らかにされるのでした。
犯人達は、「自分はトップの大学に合格した男」との自負のせいで、「頭の悪い」女には何をしてもいい、との感覚を持ちました。この感覚こそが、日本が閉じた国であることの証なのでしょう。東大が決してトップクラスではない地に出れば、彼らの全能感はすぐに霧散します。東大に対する軽々な礼賛の積み重なりが、この性犯罪を生んだのです。
事件後、ネットには「前途ある東大生よりも、バカ大学のお前が逮捕された方が日本に有益」「尻軽の勘違い女」といった被害者に対する非難が書かれます。これもまた、無邪気に東大を一番と信じる世間の声。
日本の学歴社会も、大学進学率も、受験戦争も、そして東大も、実はたいしたものではない。クイズ番組で活躍する東大生に無邪気に感心する気持ちから一歩引いてみれば、トップはもっと彼方にあることが、見えてくるに違いありません。
*次回は1月6日(金)公開予定です。
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