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ハーバードのことは考えずに、東大だけを見て「すごい」と思い込むことの幸せ感 第6回 東大信奉と低学歴信仰

 大学進学率が日本より低い先進国は、イタリアやドイツといったところ。かねて、旧敗戦国の出生率が低いことが気になってはおりましたが、日独伊三国同盟は、大学進学率においても低かった。
「学歴社会、いかがなものか」
「大学に行けばいいというものではない」
 といった声は、確実に若者達に届いているのかもしれません。
 なぜ日本は、低学歴国なのか。……と考えてみますと、もちろん教育費や、学歴格差が固定してしまっているといった問題は大きいのでしょう。同時に、精神的な部分において、日本人は一種の「低学歴信仰」のようなものを根強く持っている気もするのです。田中角栄のことについては前回も書きましたが、
「田中角栄は高等小学校しか出ていないが、高度経済成長期の日本を牽引した」
 といった話は、日本人に好まれます。角さんが演説をしているVTRなど見ると、
「なまじ大学など出ている人よりも、早く世に出て苦労をしている人の方が、説得力があるのかも」
 といった気分になるものです。
 高卒ながら東大教授になった、世界的建築家の安藤忠雄の生き方も、人気があります。彼の場合は元ボクサーであるというところも、徒手空拳で学歴社会に乗り込んできたようで、格好いい。我々は、元ボクサーとか元暴走族から偉くなったという人に対しては、灘高から東大に入った人に対してよりもずっと強く、畏敬の念を抱く思考癖を持つのです。
 これら低学歴信仰の源は、豊臣秀吉にあるのではないかと私は思います。秀吉の時代に大学だの高校だのがあったわけではありませんが、秀吉は低い身分の家に生まれ、足軽から着々と成果をあげて天下人になったのだそう。名家に生まれて偉くなった人とは異なるバイタリティーが、今も好まれている人物です。
 また日本には、「学歴がない人の方が善人である」という信仰も存在している気がしてなりません。ガリ勉をして良い学校に入ったような人は、人生経験の少ない、苦労知らずの頭でっかち。対してそうでない人は、様々な苦労を経験しているので、人情味があって心が温かいのだ、と。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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