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子は、親に左右される人生を脱出できるか 第5回 ”親ガチャ”を嘆く若者の問題意識

 それでも若者が「親ガチャ」感を抱くのは、制度としての階級はなくとも、経済力の高低によって形成される階級のようなものが、世に厳然と存在するからです。高い経済力を持つ親は、子供に資金をつぎ込んで高い教育を与え、高収入を得る仕事に就く道筋を整えます。対して経済力が脆弱な家庭においては、その逆の現象が見られることになる。結果、経済的な階級が子にも引き継がれ、階級移動が困難になっていく……。
 貴族だ平民だという身分の階級と違って、経済的な階級は、表面的には「努力すれば、階級上昇は可能」とされているのが、厄介なところです。貧しい家庭に生まれ、満足な教育を受けていないのに、努力や才能によって階級差を乗り越えた人がいるのだからあなたも頑張れ、などと言われてしまうのです。
 確かに、高等小学校卒ながら日本の首相となった田中角栄や、同じく高等小学校卒の学歴ながら、長者番付の一位を何年も占めたベストセラー作家の松本清張のような人は存在します。持って生まれた才気はもちろんのこと、尋常ならざる胆力と、「なにくそ」というハングリー精神をもって邁進した結果、彼らは階級の壁を打ち破ったのです。
 しかし彼らのような胆力は、誰もが持つものではありません。角栄さんや清張さんは、ごく稀なケース。実際には、多くの政治家が世襲の仕事として子女に立場を引き継がせるのであり、「親が政治家」というガチャを当てた人が議員となります。叩き上げの角栄さんでさえ娘に高い学歴を与えて政治家にしたのであり、娘も低学歴から叩き上がってほしいとは思っていなかったでしょう。
 清張さんが叩き上がってきた作家の世界もまた、実は世襲が多いのでした。もちろん作家は、政治家のように地盤を引き継いだりするわけではありません。血筋を引いていなければ就くことができない立場でもないのです。
 しかし作家達を見てみると、親も文筆業者であったり、出版関係者であるケースが少なくないのでした。中には幸田露伴家のように、露伴以降四代にわたって文筆家を続ける家もあるのです。
 おそらくは家に本がたくさんあったり、読書という行為が家庭で習慣づけられていたりする中で育つことによって、読んだり書いたりすることが好きな子供が育つのでしょう。こちらもまた、親ガチャの巡り合わせによって進みがちな道と言っていいのではないか。
 政治家や作家といった特殊な職業のみならず、子供は意外に、最終的に親と同じ、もしくは似たような道を進むケースが多いものです。親が老舗の商店を経営する家に生まれ、若いうちは反発してバンド活動に夢中になっていたが、大人になってからハタと改心して実家を継ぐ、といった話もよく聞くもの。
 大物芸能人の子供が、B級芸能人となってテレビの片隅に映っていたりするのを見ると、しかし親の恩恵を被るのも良し悪しであることよ、と思うものです。たとえ子供の胆力が並以下でも、親の経済力や幅広い交友関係を利用して子供に仕事を与える例はしばしば見られますが、それによって子供の力が磨かれるチャンスが失われてしまうのですから。

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新刊紹介

酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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