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酒井順子「消費される階級」

夫婦間の嫉妬の火種は「浮気」から「キャリア」へ? 第2回 男高女低神話のゆらぎ

 が、しかし。日本は勝とうと思っていた戦争に負けてしまい、男女平等という感覚が、図らずもアメリカによって導入されました。突然与えられた平等に、日本人が戸惑い続けてあっという間に八十年近く……。
 その間日本では、制度上の男女平等と、精神面での男女平等が、同時進行しませんでした。制度や法律等の男女平等が少しずつ進み、女性が経済力を得る道が拓けていくのと同程度に、男性の女性認識を変えることはできないままに、その乖離が進んだのです。
「働いてもいいけど、メシはちゃんと作ってもらわないと」
「子育ては女の仕事だろうよ」
 と、「女=低」時代のままの業務を女性が担い続けてくれるものと、彼等は信じ続けました。
 しかし、「女=低」時代の業務と、お金を得るための業務を同時に担うことになって、日本女性は疲弊します。我慢強さでは定評のある日本女性もさすがに我慢がきかなくなり、結婚・出産への夢や希望を抱く人は減少。日本人の非婚化、少子化というのは、制度上の平等と精神面での平等の齟齬によって生じたのではないでしょか。
 昭和三十年代の雑誌において、主婦のことを「セックスつき家政婦」と呼んでいる記事を見たことがあります。専業主婦が多数だった当時、妻達は確かに、奴隷プレイかのように、夫に仕えていました。スーツの上着を夫に着せたり脱がせたりすることまで、彼女達は自分の業務としていましたし、夫に対しては敬語を使用。どれほど深夜に夫が帰っても服のままで起きて待っていることが、美徳とされたのです。家政婦のように働くのみならず、夫に求められたらいつでもセックスの相手も務めるということで、そのような言われ方をしたのでしょう。
 今でも日本女性が家事にかける時間では世界有数であり、日本男性の家事のしなさ加減もまた、世界有数です。昭和の夫婦はそれでもまだセックスをしていましたが、セックスレス大国となった今、日本女性は男性にとって「セックスもしないのに大半の家事をしてくれる人」となりました。
 結婚する人が減り続け、子供の数が減り続け、そうして日本の人口が減っていくのは、制度上の平等と精神的平等の乖離から日本人が目を逸らし、放置し続けているからなのでしょう。表面的には「平等ですよ」と言われながら、奴隷的日常を課せられ続けるならば、女性達の腰が引けていくのは当たり前のこと。かといって男性だけが悪いわけでもなく、「自分が下にいることにしておけば、面倒臭くない」と、「下」やら「低」やらにあえて身を置き続けた女性もまた、責任が無いとは言えないのではないか。
 男が上で女が下、という階級制度を突然失った幻肢痛は、戦後八十年近く経った今も、日本人を悩ませています。民主主義をうたう国となったからには、もう男高女低の世に戻すことはできないのだとしたら、そろそろその痛みを棄ててもいい頃なのではないか、と私は思います。
  

*次回は9月2日(金)公開予定です。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』など多数。

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