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夫婦間の嫉妬の火種は「浮気」から「キャリア」へ? 第2回 男高女低神話のゆらぎ

 男は外で働いて家族を養い、女性は家の中のことを取り仕切る、という性別役割分担がはっきりとしていた時代の人からすると、このような感情は信じがたいものでしょう。妻は、夫が成功するために内助に徹する役割なのであって、夫が成功したなら共に喜ぶのが当たり前なのに、と。
 妻が夫のキャリアに嫉妬する、という新種の嫉妬は、男女の階級差が少しずつではあれ、減少してきたことによって生じたものです。男と女が同じ土俵に立つようになったからこそ、どちらかの成功のためにどちらかが自分を犠牲にして尽くすのではなく、どちらも成功を目指すようになってきたのであり、結果、夫婦の間に、ライバル的な感覚が生じることに。
 そうしてみると、男女の関係を上下関係に当てはめる思考の癖というのは、男性だけが持つものではないことが理解できます。女性であっても、能力や収入如何で「自分の方が上」という思い癖は、案外簡単に身につくのです。
 とはいえ歴史を見てみると、日本のみならずほとんど世界中で、男女の関係性においては、男が上で女が下、という状態が長く続いてきました。それはなぜなのかと考えてみると、単に「男の方が力が強いから」というだけではないのでしょう。
 男女は、人間であるという部分では同じですが、明らかに異なる部分もあります。最も大きな違いは、女性は子供を産むことができて男性はできない、というところでしょう。妊娠、出産、母乳を与える、という「女性にしかできないこと」は確実にあり、その一方で男性は、生きるための糧を得る作業を主に担ってきた。
 原始的な時代は、女性が子供を産んだなら、母乳を与えている間に男性が狩猟などに出かけ、獲物を女子供に分け与えたのだと思います。その時代は、それぞれの能力のバランスが取れていたのでしょう。
 しかし貨幣というものが登場してくると、「食べ物を持って帰ってくること」が、次第に「お金を持ってくること」となり代わり、お金を稼ぐことの意味が肥大化していきます。ほとんど全てのことがお金でどうにかなるようになると、「お金を稼ぐこと」の価値が、他の何を生産することの価値よりも、ぐっと高くなったのです。
 女が「低」であり「下」であるという男女階級の構造は、その辺りから始まったのでしょう。お金の意味が高まるほどに、女性の価値は低下していったのではないか。
 日本もまた例外ではなく、というより日本では、諸外国よりも徹底して、お金を稼ぐ場から女性を除外し、「男と女は、違う階級」という意識を人々に叩き込みました。日本が先の戦争に負けるまでは、法律の上でも、女性は男性に支配される存在であり続けたのです。
 今の若者にとって第二次世界大戦は、遠い昔の歴史上の出来事、という感覚かと思います。が、父親は元軍国少年で祖父は出征していた世代の私からすると、第二次世界大戦は「自分は体験していないが、それほど大昔のことではない」という認識。その戦争で負けるまでは、女性に選挙権は与えられないどころか政治的には“無能力者”とされ、男は婚外セックスし放題なのに対して女は姦通罪で捕まってしまうという状態であったことを知った時、私はたいそう驚いたものです。そんなに最近まで、男女の性差は階級の差として扱われていたのか、と。
 歴史に「もしも」を持ち込んではならないとは言いますが、もしも日本が戦争に勝っていたならば、日本の女性はさらに長い年月、男性の「下」の立場に置かれ続けたことでしょう。日本の女性達も、戦争前から男女同権を求める活動を行ってはいたけれど壁を突破できなかったことを考えると、もし戦争に勝っていたならば、男高女低状態がさらに長く続いたのではないか。
 かつての日本人は、家族を、家系を、そして日本という国を持続させ、繁栄させることは、それほどまでに難しいことだと認識していたのだろうと、私は思います。皆を自由に生きさせたなら、つらい子産み・子育て・家事などをする人はいなくなって、家族や国という組織が崩壊してしまう。そのことがわかっていたから、「女にしかできないこと」を徹底して行わせるため、女を「低」の位置に留めることに必死になったのではないか。
 そのためには女性には経済力を持たせず、かつ「女がいったん嫁入りしたら、実家に帰ることは恥」とか、「女は、若い時は親、結婚したら夫、老いては子に従え」といった倫理観も導入。何重にも枷をかけて、女性を家の中に留めたのです。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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