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「レンタル彼氏」との切ない別れを経た51歳シングルマザーが、女性用風俗に踏み出した切実な動機とは?

女性用風俗、略して「女風」。かつては「男娼」と呼ばれ、ひっそりと存在してきたサービスだが、近年は「レズ風俗」の進出など業態が多様化し、注目を集めている。
女性たちは何を求めて女風を利用し、そこから何を得たのか――
『ルポ 女性用風俗』の著書もあるノンフィクション作家の菅野久美子さんが、現代社会をサバイブする女性たちの心と体の本音に迫るルポ連載。
今回は、シングルマザーの恵美子さん(仮名・51歳)のお話を伺います。

 この世には、二種類の人生があると思う。キラキラした表舞台でスポットライトを浴びる人生、そして、「その他大勢」であり続ける人生。私はいつも自分は後者だと考えていた。きっと私は平々凡々とした人生で生涯を終える。だからこそ、飛びっきりの美人やイケメンの人生を夢想せずにはいられない。私がいくら手を伸ばしても決して届かない彼らの人生は、いつもキラキラと輝きを帯びているように見えたからだ。

 夜の9時過ぎ、Zoomの画面越しにある女性の一人の顔が映し出される。女性の名前は松野恵美子(仮名・51歳)さんという。
 恵美子さんは、夫の浮気が原因で33歳の時に離婚、その後はシングルマザーとして、女手一つで息子を育ててきた。

「久美子さん、こんばんわー! 今日はよろしくねぇ!」

 画面の私に恵美子さんは全力で手を振ってくれた。お風呂上りだろうか、恵美子さんはリラックスしたパジャマ姿で、満面の笑みを浮かべている。恵美子さんと私との付き合いは、二年ほどになる。女性用風俗をテーマにした本を出版した時に意気投合し、プライベートでも会うようになったのだ。恵美子さんはいわば古参の女風ユーザーで、業界の事情に人一倍詳しい。人懐っこくて明るい「おせっかいおばちゃん」を自称する恵美子さんが私は大好きだった。
 しかし私が一番恵美子さんに惹かれる理由は、私たちがこれまで「その他大勢」の人生を生きてきたという共通点があったからのように思う。

上京した息子に会いにたびたび東京へ

 そもそも恵美子さんが女風を知るきっかけになったのは、テレビで見た「レンタル彼氏」を扱った番組だったという。それは、かれこれ八年ほど前に遡る。おせんべいをつまみながら、ダラダラと昼下がりのワイドショーを見ていると、中年女性とイケメンの若い男の子が楽しそうに手を繋いでいるのが目に入ったのだ。それは「レンタル彼氏」の特集で、二人が横浜デートを楽しんでいる姿を映したものだった。
 どうやら東京では、レンタル彼氏というものが流行っているらしい。都会では、こんなサービスがあるんだ! 面白そう! と思った。当時恵美子さんは、息子の東京の学校への進学をきっかけに、地元から度々上京するようになっていた。最初こそ息子と一緒に東京の様々な観光地を遊んでいたが、学業で忙しい息子と、四六時中一緒に行動するわけにはいかない。しかし、田舎生活が長い恵美子さんにとって、大都会である東京は迷路のようで、いつも道に迷ってしまう。

「そこで、テレビに見たレンタル彼氏を思い出して、利用することにしたの。方向音痴の私にとっては、東京ってすごく大変な場所なんだ。少し道を間違えると、駅から永久に出られなくなったりする。あと観光地を一人で回っていても、話し相手がいないとすごく退屈なんだよね。それなら、レンタル彼氏さんに東京観光の道案内をしてもらえばいいんじゃないかと思いついたの」

 レンタル彼氏はその名の通り、依頼客から指名されたキャストが恋人役になり、デートの相手をするというものだ。女性用風俗とは違い、こちらはあくまでも健全なサービスである。だから「おひとり様」の東京観光に心底うんざりしていた恵美子さんが、カジュアルに利用する気持ちになったのも頷ける。
 ちなみに健全さをウリにしているだけあり、レンタル彼氏は外でデートはできるが、キスやハグはご法度。個室で会うこともNGという厳しいルールがある。その分、ルックスレベルが高くエスコート力に優れている男性が多いという特徴があった。恵美子さんはレンタル彼氏のサイトの中から爽やか系の27歳のキャストを指名することにした。

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菅野久美子

かんの・くみこ
ノンフィクション作家。1982年生まれ。
著書に『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『ルポ 女性用風俗』(ちくま新書)などがある。また社会問題や女性の性、生きづらさに関する記事を各種web媒体で多数執筆している。

Twitter @ujimushipro

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