2026.5.9
テイエムオペラオーの真価を見出すには「地味な純文学」同様に「審美眼」が必要だった【人生競馬場 第10回】
国民的スターになる道は「海外遠征」だった
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ところで、テイエムオペラオーの人気のなさというのは私だけが感じていたのではない。オペラオーの主戦騎手であった和田竜二騎手もまたその不可解とすら言える人気のなさを肌で感じ、その理由を日本人の「判官びいき」の気質にあるのではないかと推測している。これはつまり、みんなテイエムオペラオーやシンボリルドルフみたいな馬より、ハイセイコーやオグリキャップ(本連載第三回・第六回参照)みたいな下剋上っぽいド根性馬の方が好きなんだろ、ということであろう。実際、そういう面はあったに違いない。また、グラスワンダーとの宝塚記念がまともな勝負にならなかったため、「本当に強い馬に勝っていない」という評価がつねにつきまとうことになり、2001年になってアグネスデジタルやジャングルポケット、マンハッタンカフェらの後塵を拝してしまったことも、その評価をある程度正当化してしまっている節がある。
ただし、テイエムオペラオーの全盛期は間違いなく2000年だったのであり、2001年の引退前に後輩に少し負けたからといって、オペラオーがその馬たちよりも劣っていたということにはもちろんならない。2000年のテイエムオペラオーは間違いなく世界最強馬の一頭だったはずなのだ。好勝負を演じるライバルの不在を幸運だと言うべきなのか不運と言うべきなのかわからないが、わずか数年後に登場したディープインペクトにはもはや「ライバル」という概念すらなかった。ディープインパクトの制したレースの敵が強かったか弱かったか、そんなことは──少なくとも私の記憶では──誰も気にしていなかった。誰が相手でも最後方からねじふせる、そして大差勝ちをする。その姿が熱狂を生み、「異常な馬が出てきたらしいぞ」という話題が広がり、競馬界隈を超えて人々へと魅力が伝わったのである。
思うように人気が出ず、社会現象にもならなかったテイエムオペラオー。あの頃の状況でテイエムオペラオーが国民的スターになる道はただ一つ、「海外遠征」だっただろう。もうお前が日本最強なのはわかった、痛いほどよくわかった、だったら日本代表として世界で活躍してほしい──当時の競馬ファンはそう思っていたのではないだろうか? 特に世界最高峰のレースとされるフランスの凱旋門賞は1999年にエルコンドルパサーが僅差の2着となっており(ちなみにこれが初めての日本馬2着である)、「そろそろ日本馬もいけるのでは!?」という機運が高まっていた。なんとあれから26年、まだ日本馬は凱旋門賞を勝っていないわけであるが、テイエムオペラオーにその夢に挑戦してほしいと思っているファンは、私の印象では多かったように思う。しかしオペラオーはついに一度も海外遠征を行わなかった。そこには調教師である岩元師の意向が大きく反映されたと言われており、岩元師には、まず世界の競馬を日本の競馬よりも上と考えることへの反感があった。これは日本の格闘技団体RIZINを主宰する榊原信行氏が、アメリカの格闘技団体UFCを「上」とは決して認めない心情に似たものだろう。なお、筋金入りの野球ファンである私の妻は日本の野球界こそが世界最高の舞台であると考えており、NPBよりもメジャーリーグを上とする世間の風潮に異を唱え続け、周囲からの風当たりの強さをものともせず、世にも珍しい「大谷アンチ」をやっている。なんと、大谷選手が最初からメジャーに行くと言っていたのに栗山英樹に説得され日本ハムに入団した頃から今に至るまで、ずっとアンチなのである。
しかしやはり島国根性というのか、国民の感情としては「海外」で日本人・日本馬が活躍することが嬉しい、それが真の実力の証明だ、と考える人が多いのは仕方ない面があろう。テイエムオペラオー(というよりその関係者)は、全盛期に海外で実力を証明する、という道を選ばなかった。もちろんそれが悪いわけではなく、それで変に大敗して評価を下げたり慣れない馬場で故障したりすることもなく、(当時)世界最高額の賞金を獲得して無事に現役生活を終えられたのだから、一頭の馬の生としてはむしろよかったのかもしれない。
小学校時代の将来の夢が「馬主」だった私だが──どうやらこの人生では成し遂げられそうにないが──、馬主をはじめとする関係者になってみなければ、ある馬をどのように使っていくか、その判断の本当の難しさは理解できないだろう。だが、2000年のテイエムオペラオーがもしフランスに渡っていたら良い勝負になったのではないかという思いは、やはり競馬ファンに歯がゆいものとして残っているのではないだろうか。ロンシャン競馬場の最後の直線で数頭の競り合いになり、すぅっとアタマ一つ抜け出して勝利を収めるテイエムオペラオーの姿は容易に想像できるものだった。
ちなみにテイエムオペラオーのレースはつまらないと言われがちだが、2000年の有馬記念、和田騎手が諦めかけたというほど厳しいマークを他馬から受け続けながら、テイエムオペラオーがド根性で自力で場群を割ってハナ差勝ちを収めるシーンは、確実に名レースのものである。テイエムオペラオーを「つまらなかった」と思っている人も、「そんな馬はじめて聞いたわ」という人も、2000年の有馬記念だけは観てほしい。マジでもう絶対負けというブロックのされ方で、実況も「テイエムはどうする、残り310メートルしかありません!」「テイエムは来ないのか、テイエムは来ないのか!」と言った後、驚いたように「テイエム来た!テイエム来た!」と叫びまくってくれている。このレースを観れば、今あまりよくない状況に置かれている人も、「やはり最後まであきらめてはいけないな」という気持ちを多少なりとも取り戻せるのではないだろうか。
次回連載第11回は6/13(土)公開予定です。
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あまりの面白さに一気読み!
受験生も、かつて受験生だった人も、
みんな読むべき異形の青春記。
——森見登美彦(京大卒小説家)
最高でした。
第15章で〈非リア王〉遠藤が現役で京大を落ちた時、
思わず「ヨッシャ!」ってなりました。
——小川哲(小説家・東大卒)
ものすごくキモくて、ありえないほど懐かしい。
——ベテランち(東大医学部YouTuber)
なぜ我々は〈学歴〉に囚われるのか?
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