2022.12.9
「ソーセージとビール」を離れると見えてくるドイツ料理の真髄
ドイツ料理の真髄はじゃがいもにあり
冒頭で触れたドイツ料理店は、そんな僕が最終的に巡り会えた「最高の店」でした。何度も訪れて、時にはソーセージも食べました。ソーセージはもちろんおいしかったのですが、やっぱりなるべくそれ以外を優先しました。
例えば「シュニッツェル」はお気に入りのひとつ。要するに薄いカツレツなのですが、その店ではそれに添えられているソースが「溶かしバター」でした。アブラ物にアブラをかける、という罪の塊のような仕様ですが、そのバターにはローズマリーの香りがこれでもかと溶け込んでおり、添えられたレモンもギュンギュンに搾りながら食べると罪悪感も雲散霧消。もう一生涯、カツにトンカツソースや中濃ソースなんぞかけたくないと思わされるものでした。
クロプセというのは要するに肉だんごなのですが、その店ではクリームソースで煮込まれていました。そのソースがまた、ケッパーやハーブで重装備な上にしょっぱくて酸っぱくて。一般的なクリームソースの、まろやかで優しい印象とは対極にある攻撃的な味わいに、僕はすっかりノックアウトされました。
そういったパワフルな肉料理以上に夢中になったのが、じゃがいも料理の数々です。揚げたり、マッシュしたり、千切りを固めて焼いたり、パンケーキ状になっていたり。どれも素朴極まりないものでしたが、何と言うか「ドイツ料理の真髄ここにあり!」と思わされる不思議な説得力がありました。
何にせよ、こういった肉料理もじゃがいも料理も、悲しいかな、あっという間にお腹いっぱいになってしまいます。それをドイツビールやドイツワイン、酸っぱいザワークラウトなどで誤魔化しつつ、「今日は何を食べて何を諦めるか」を悩む至福のひとときがそこにありました。
そんな極楽浄土のような店でしたが、実はその後すぐに潰れてしまいました。すこぶるおいしいのにいつもお客さんが少ないことを薄々心配していましたが、その心配は現実のものとなってしまったのです。閉める間際に店主さんは「またそのうちどこかでリベンジしますよ!」と力強く(でも寂しそうに)仰っていましたが、今に至るまでその朗報は聞いていません。
この店だけではありません。僕がこの四半世紀に出会った数少ないドイツ料理店は、軒並み無くなってしまいました。幸い、最初に友人に連れられて行ったお店だけは今も健在です。お気に入りの店が無くなった哀しみを埋めるかのような気持ちで最近訪れました。それはやっぱり素晴らしくて、しばらくご無沙汰していたのを少し後悔しましたが、自分達以外のお客さんは1組だけでした。
先ほど「ドイツ料理は取り残された」と書きましたが、それどころか衰退しているのではないかという印象が正直なところです。
しかし! そんな中ここ数年、ドイツ料理には微かな追い風も吹いています。それがクラフトビールブーム。クラフトビールを提供する店にも今や様々なスタイルがありますが、その中でも正統派のひとつと言えるドイツビール主体の店では、積極的にドイツ料理を提供している店も散見されます。
正直そういう店のドイツ料理は、良くも悪くも洗練されており、かつて僕が心酔した素朴でパワフルなそれとは少々異なる印象があります。そして周りのお客さんの様子を見渡すと、ソーセージを別にすれば、ドイツ料理よりむしろ「アヒージョ」「パスタ」「カルパッチョ」「いぶりがっこポテサラ」あたりが支持されているようにも見えます。
とは言え、この火を絶やしてはなりません。あなたがもしそういう店を訪れてメニューブックを開いた時に、そこに例えば「ケーニヒスベルガークロプセ」みたいな、音読すると思わず下腹に力が入ってしまうような意味不明の文字列を発見したら、臆せずそれを高らかにコールしてください。そこにはたぶん、店主のひときわ熱い想いが込められているはずです。

次回は12/23(金)公開予定です。