2022.10.14
「大陸系中華」とは何か? 足し算の美学を生み出した「名古屋」と「台湾」のエッセンス
「現地風の店」が出店すると、なぜこれほど日本人は喜ぶのか。
日本人が「異国の味」に求めているものはなんなのか。
博覧強記の料理人が、日本人の「舌」を形成する食文化に迫るエッセイ。
連載第1回から4回にわたり、「日本のなかの中国(華)料理」の変遷に迫ります。
大陸中華オデッセイ2001
昔は中華料理屋さんと言えば、庶民的な町の中華屋さんか、少し高級な宴席中華のどちらかくらいしかありませんでした。この両者を分けるものが「回転テーブル」。ちなみに、この回転テーブルは、元々アメリカでフランス料理の提供に使われていたものが中華に転用され、日本でも広まったもの。まさに「宴席中華」の世界観ですね。寿司の世界同様(というか「逆」ですが)、「廻るか廻らないか」が、高級店かそうでないかの分かれ目です。
もちろんその中間的な店もありました。客席は朱色のテーブルとカウンター席でほぼ占められていますが、透かし彫りの衝立でなんとなく仕切られた一番奥のスペースには、回転テーブルが1卓だけあります。普段のメニューはラーメンや丼物、定食と、後はせいぜい焼き餃子くらいですが、入り口脇のショーケース最下段には[鯉の丸揚げ甘酢餡掛け 時価・要予約]が威風堂々と置かれています。ただしそのサンプルは既にすっかり古びて風化しており、もはやシーラカンスの標本か何かのようです。
その回転テーブルには結局、ランチタイムにカウンター席からあぶれたひとり客のおじさんたちが、少々気まずそうに相席で案内されます。あるいは夜、家族客がそれぞれのラーメンを啜っています。せっかくの回転機能を使わないのもなんなので、焼き餃子2人前が家族の間を行ったり来たりします。お調子者の小学生男子が力任せにぐるぐる廻し、カスター台に置かれた醤油を倒してお母さんに盛大に叱られます。
その回転テーブルが本来の用途で活用されることはついぞなく、鯉の丸揚げの「時価」が、だいたい幾らくらいなのかは誰も知らぬまま、いつの間にかその店は潰れています。
そんな空き物件に、次々と入り込んでいったのが、中国人経営の安くてボリュームたっぷりの、いわゆる「大陸系中華」です。今やそれは日本における中華料理の最大派閥と言えるかもしれません。
僕が初めてその手の店に出会ったのは、おそらく2000年代前半の名古屋だったと思います。ちなみにそのスタイルの店の発祥自体が名古屋だったという話もあります。僕は幸運にも、その黎明期に立ち会ったということになります。
今や全国津々浦々に広がるこの「大陸系中華」、不思議なことに、別にチェーン店というわけでもなさそうなのにメニューがどの店もとても似通っています。その内容は、「本場」の中国人が運営しているにもかかわらず、大半はいわゆる「日本式の中華料理」です。ケチャップ味の海老チリ、キャベツが主役の回鍋肉、天津飯、中華飯、海老マヨ、もちろんラーメンや焼き餃子も。
味付けも似通っています。だいたいにおいて目いっぱい濃い味です。ボリュームが強調されるのも共通しています。大抵の店では、定食に差額200円程度で、あるいはデフォルトで、スープの代わりにラーメン類が提供されます。そのラーメンはオマケ程度と思いきや、普通に一人前の量はあります。ライスは基本おかわり自由であり、メインの味付けが濃い上になぜかキムチも付いてくるので、おかわりしようと思えばいくらでもそれが可能です。
それは大食漢を歓喜させ、少食の人を絶望の淵に叩き落とします。「ボリューム」や「お値打ち感」を重視する、いかにも名古屋的なサービスとも言えるかもしれません。しかしいずれにしても誰もが「この店は良心的でおトクだ」と、とりあえずの好印象を抱きます。そりゃあ全国津々浦々に広がるわけです。
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