よみタイ

群ようこ「いかがなものか」
ふだん何となく思っていながらも保留にしがち、あるいは言い切れないこと。
世間で起こる事件、流行、事柄、町で見かけたことなどについて、
違和感と疑問をスパッと投げかける。
群ようこ流、一刀両断エッセイ。

第9回 受験

 受験シーズンを迎え、受験生がいる家庭にとっては、結果が出るまで落ち着かない日々が続いていることだろう。昨年は官僚の息子の裏口入学が話題になった。そんな話は私が若い頃からたくさんあったが、それが医科大学で行われていたと知って恐ろしくなった。おまけに合格基準に達している女子学生や浪人生に対して点数を操作して不合格にしたという、信じられない事実が露呈した。たとえ底上げで医大に裏口入学したとしても、医者になるためには国家試験に合格しなくてはならないけれど、周囲の大人たちの考え方がまともではないので、それすら裏から手加減されて合格になる可能性がありそうだ。顔がぼかされた両親と件の息子が大学の門の前で、入学式の記念撮影をした画像をニュースで見たが、
「この家族のなかで、裏口入学の話が出ても、『お父さん。それはいけないことだ』と注意する人物はいなかったのかね」
 と情けなくなった。
 私の入った私立大学の学部には、嘘か本当か知らないが、合格者として校内に貼り出された名簿は正規合格者で、その人たちは公の入学金を支払えばいいのだが、その他に一次補欠から三次補欠までいて、後日連絡があって、一次補欠十万円、二次補欠二十万円、三次補欠三十万円を支払えば、入学できるという噂があった。どういうわけかその噂は受験前から耳に入ってきていた。合格発表を見にいったら自分の番号があったので、すぐ母に、
「受かった」
 と電話をした。すると彼女は、よかったねの前に、
「それで何次補欠?」
 と聞いてきた。不安になって合格書類をくれた大学の職員に、
「私は補欠ですか」
 と確認したら、
「いいえ、間違いなく合格ですよ」
 といわれてほっとしたのだった。
 入学してみたら、たしかに同学年の人数はとても多かった。私と同じように補欠の話を知っていた地方出身の学生が、
「学生番号の早い番号は、付属から上がってきた人、真ん中の番号は正規合格、後ろの番号は補欠の人」
 と教えてくれた。たしかに彼女がいうとおり、前のほうの番号は、全員付属高校の出身者だった。しかし後ろのほうの学生番号の人たちに、
「お金払った?」
 とも聞けないし、それで彼らとの付き合い方を変える気もないので、やっぱり本当なのかなと思いながら過ごしていた。
 その後ろの学生番号の人たちのなかに、大金持ちの娘がいた。彼女はブランド品を身につけ、ポルシェに乗り、芸能人とも交際していたが、何でもしゃべってしまう、さばさばしすぎる性格の人だった。ある日、みんなで休み時間に雑談していたら、彼女が、
「私はお金を積んで入ったからさあ」
 と笑った。
(おお、やっぱり)
 私が心のなかでうなずいていると、横にいた女子が、
「へえ、いくら払ったの」
 とすかさず聞いた。
「うーん、詳しくはわからないけど、寄附金を含めて八十万円くらいかな。私、ばかだからさ、これくらい払わないと入学できなかったのよ。あっはっは」
 あまりにあっさりいうので、私たちは何もいえず、
「へえ、そうなんだ」
 とみんなで笑うしかなかった。その後も彼女は、年度末になると、
「ああ、またパパに頼まなくっちゃ」
 といっていた。一単位を三万円で買うのだと聞いてまた驚いた。そのせいか彼女はテストのとき以外には、ほとんど大学に来ないながらも、留年せずに無事に卒業した。
 

 この話は今から四十年以上も前の話なので、今は違うだろうが、私立大学の場合は、裏でお金が動いても仕方がない部分がある。一部の学生が裏口入学したとしても、卒業して人の命を預かるとか、国の重要な部分を担うといった学部ではなかったので、大学と学生の保護者との間で話がつけば問題はない。しかし当時でも私は、医科大学ではこんなことはありえないと信じていた。
 某有名私立大学に通っている子供を持つ母親から、息子と同じクラスにどうしようもなく成績の悪い学生がいて、それだけならともかく、なぜか他の学生を見下す態度をとるものだから、みんなに嫌われているという話を聞いた。その人が、
「みんな試験に合格して入学しているのにね。どうしてそんな勉強ができない子がいるのかしら。裏口なのかしら」
 と息子にいったら、
「みんなそういってるよ。創立者と同じ名字なんだもん」
 といった。
「絶対、コネで入ったのよ」
 彼女は深くうなずいていた。名字が同じなのがとても怪しい。創立者の縁戚なら断るわけにもいかず、というか、もしかしたらどこの私立大学にも縁故枠があるのかもしれない。
 私が受験をしていた頃と今とでは、高校のあり方も大学に通う意味もずいぶん違ってきた。大学への進学率は高くなっているし、少子化のせいで大学も生徒の取り合いになっている。とにかく生徒を入学させて、お金を払ってもらいたいのだ。
 知り合いの女性の一人娘は大学を卒業し、今は医療系の研究職に就いている。それを聞いた近所に住んでいる女性が、うちの高校生の息子に受験のアドバイスをしてほしいと頼んできた。どうして自分でやらないのかと聞いたら、大学の話を聞いても、地方の大学出身の自分には何もわからない。だからずっと東京に住んでいて娘を難関校に合格させたあなたにまかせたいといわれた。親も自分の子供のことなのに、きっちりと現実に向き合おうとせず、塾や他人に丸投げなのだ。
 知り合いは困ったと思いつつ、当時、高校生だった彼に会って話を聞くと、
「農学部に行きたい」
 といった。彼女はそれはいいねと同意し、話を聞いてみたが、どうも話がかみ合わない。
「どうして農学部を選んだの」
 彼にたずねたら、
「塾の先生にいわれたから」
 といった。塾で模試の結果が出ると、講師が各大学の学部の偏差値と照らし合わせて、○○大学や××大学の農学部だったら大丈夫といわれたのだそうだ。
「ところであなたは、農業を勉強したいの?」
「別に」
 実は本人の希望でも何でもなかった。希望している学部じゃないから、農学部に入ってもやりたい事がない。
「そんなに最初から枠を決めないで、自分のやりたいことをまず考えたら」
 そうアドバイスをしても、彼は積極的に自分が何をしたいといわない。
 それから間もなくして、彼は大学を卒業したら会社員になるといった。
「それなら文系の大学を受験して、合格した学校に入ったらどうかしら」
 それで彼も納得したと思っていたら、今度は、
「会社に勤めて、人と話したりするのは面倒くさいし営業も嫌だ。何かを研究したい」
 といいはじめた。
「文系の大学で何を研究するの」
 と聞いても、農学部のときと同じで何も勉強したいものがない。
「高校生のときから、きっちり将来を決められるわけではないけれど、何かこう、こういった方面が好きとか、そういうのはないの」
「特にないです」
 こんな会話が繰り返され、会うたびに話す内容が変化するので、どうしてそんなに毎回、変わるのだろうと不思議に思っていた。するとテストの結果によって塾の講師が一貫性なく、ただ「現時点の偏差値で入学できる大学の学部、学科」を彼に告げ、当の本人も自分で何も決められないので、そのたびに彼の志望は変化するのだった。
 その話を聞いた私が、
「そういうやり方って受験生の将来とか、全然、考えてないですよね。どこの大学でもいいから、塾から数多くの合格者が出ればいいという考えだから、そうなるわけですよね」
 と驚いていると、
「そうなのよね。ちょっとひどいよね」
 と彼女も呆れていた。
 面倒見のいい彼女は彼に、
「何かを研究したいのだったら文系はやめて理系にしたら。そのほうがあなたの嫌いな営業の仕事はしなくて済むだろうし。英語の成績はいいんだから、これから理系の科目をがんばればどこかにひっかかるでしょう」
 とアドバイスした。すると彼は志望をさっさと理系に変更して、一生懸命に勉強しているそうである。今年の三月末には結果がわかるので、彼女は、
「娘のときよりも心配」
 とため息をついていた。
 彼女の話を聞いていると、昔は受験は本人と高校、大学の二か所の関係性だけだったのが、今はその間に塾が参入していて、高校よりも力を持っているようだ。私の時代にも、予備校の現役高校生の受験コースに通ったり、家庭教師をつけたりしている子はいたが、クラスに一人か二人だった。そろばん塾に通っている子は多かったが、今ほど小学生の頃から学習塾に通っているわけではなかったので、塾との関係性もそれほど深くなかった。しかし今の受験体制では塾に通わないと合格は無理なのだそうだ。
 またある母親からは、私立高校に通っていて、エスカレーター式に上がれる大学ではない、別の私立大学に合格した娘さんのところに、高校から電話がかかってきた話を聞いた。娘さんは先生から、
「合格が決まったから、今は暇でしょ。国立を受けてくれないかな」
 といわれた。
「どうして受けなくちゃいけないんですか」
 娘さんが不思議に思ってたずねると、とにかく高校としては、大学の合格者の多さをアピールしたいので、すでに私立大学に合格している三年生に連絡をして、受験を頼んでいるのだった。娘さんはいわれたとおりにする気持ちはまったくなかったが、相手が先生なので、
「考えます」
 といちおう返事をして受験はしなかった。この顛末を私に教えてくれた母親は、
「百歩譲って高校が受験料を負担してくれるのならともかく、なんでこっちが受験料まで払って、娘が入りもしない大学を受験しなくちゃならないんだ」
 と怒っていた。私はその私立校は歴史も品格もある学校と感じていたので、そこまでやらせるのかとショックだった。創立者の方がこれを知ったら、草葉の陰で泣いておられるであろうといいたくなった。
 塾は生徒を合格させるのが商売だから、とにかく合格者数だけを増やしたい。生徒ではなく自分中心のそのような塾ばかりだとは思いたくないが、受験生の適性を無視して、受かる可能性のある大学ばかりを薦める。自分で志望校を決められる生徒はいいが、そうではない性格の子だったら、
「ここならば合格できる」
 と薦められたら、気持ちが揺らぐだろう。大学の受験料も高額と聞くので何校も受験できないだろうし、安全といわれた大学を受けようと考えるのは当然だ。しかしその学部と生徒の適性が合致しているかは別問題なのだ。生徒の適性を含めて判断するのではなく、受験校を決定する基準が、すべて塾の模試の偏差値というのが私には納得し難い。塾としては合格者が少ないよりも多いほうがいいのは十分わかるが、その手口が汚い。しかしそれが当たり前になりつつある世の中なのかもしれない。
 おまけに高校ですら、生徒を学校のレベルアップに利用しようとする。生徒を育てる教育機関なのに情けない。受験がすべてではないし、失敗しても、後から考えたら落ちたほうがよかったという状況が、人生にはいくらでもある。裏口、縁故、塾主導と、受験を取り巻く状況が昔よりももっと複雑になって生徒たちは気の毒だが、大人たちの私利私欲に利用されず、自分らしく生きてほしいと心から願っている。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社、84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。同年に同社を退職し、専業作家となる。小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』『咳をしても一人と一匹』『散歩するネコ れんげ荘物語』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『かるい生活』『まあまあの日々』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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