2021.11.28
心に残る、食べられなかったジョージア料理
トビリシに到着した翌日に、私は憧れのカズベキ村へのバスツアーに参加した。早朝に出発して、日暮れごろにトビリシに戻ってくるツアーだった。途中、いくつもの観光スポットに立ち寄りつつ、バスは四〜五時間かけてコーカサス山脈に近づいていく。窓外の風景を楽しみながら、私はワクワクしていたはずだった。だが、標高が上がるにつれ、徐々に体調が怪しくなっていった。気のせいだ、いつもの偏頭痛に違いないと自分に言い聞かせる。常に持ち歩いている頭痛薬を飲んでみる。いっこうに良くならない。バスに酔わないように目を閉じて過ごす。
そのバスツアーはひときわ陽気で元気のよい男性ガイドが仕切っていた。彼は客を退屈させたくない一心で、ひっきりなしに冗談を言い、ゲーム大会を催し、カラオケパーティーを始めた。私以外の客は全員盛り上がっているようだった。私のノリが悪いのをガイドは気にして、活気づけようとする。社交辞令として少しだけ返事するが、体力維持のためには静かにしておきたい。私は不運を嘆いた。ひとり旅は大好きだし、楽しみ方も知っているつもりだが、今回はどうもうまくいかない。
ツミンダ・サメバ大聖堂に着いたのは昼過ぎ頃だったろうか。絶景が広がっていた。息を呑むほどの絶景、と書くのは嘘ではない。だが、あの瞬間私は、息を吸って吐くのもしんどかった。顔の筋肉ひとつさえ動かすことができないので、憧れの雄大な山を前に、まったくの無表情だった。山に申し訳ないような気さえした。もっと感動を味わいたかった。それなのに身体がまったく反応しなかった。
きわめて激しい頭痛と吐き気に襲われながら、どうにかゲストハウスに戻ったときには、下痢も始まっていた。高山病だったのだろう。それから二日間、私は発熱した。吐き気はそのうち収まったが、驚いたことに下痢は一週間以上も収まらなかった。水分しかとっていないのに、全部出ていってしまう。初めてのジョージアで、私はほとんど寝込んで過ごすことになってしまった。