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濱野ちひろ「一期一宴」

30歳差の親友ごはん

話題作『聖なるズー』で第17回開高健ノンフィクション賞を受賞した作家・濱野ちひろさん。
プライベートや取材で、さまざまな場所を訪れ、人々と食卓を囲み語る。
日常や旅先で見つけた、人生の記憶に残る言葉やエピソードの数々。
人との出会いは一期一会。だけど宴は縁をつなぐ――そんな食と人生にまつわるエッセイです。

前回は開高賞作『聖なるズー』にも登場し、読者の関心を呼んだドイツの家庭料理、クヌーデルについての複雑な気持ちについてのお話でした。

今回は、30歳差の小6親友男子との、素敵すぎてキュンとなるエピソードです。小6シェフの料理、いますぐ食べたい!

 私にとってのもっとも若い親友であるハルトは、いま小学6年生だが、生まれる直前までは大好きな女友達の薫子さんのおなかのなかにいた。蹴ったりぐるぐる回ったり、よく暴れていたようだ。薫子さんはもともと活発で、一日に四時間ほどしか眠らず、お酒は夜中過ぎまで飲んでもけろっとしているし、唐突に遠くの国へと旅に出たりする人だったが、ハルトがおなかにいるようになってからというもの、すっかり眠りやすくなった。

 妊婦という身体を初めて経験している彼女は、私に切々と「毎日とても眠くて、いくら寝てもしんどいの」と訴えた。また、SF好きらしい発想力で「いま、私の身体にはエイリアンが入り込んでいて、侵略されつつあるのではないかと思う」とも言っていた。冗談でもないかもしれない調子だったのが、妊娠のしんどさを感じさせた。おなかがいよいよ球体になり、せり出してきた頃には、かき氷が食べたくてどうしようもないということだった。もともと意志のはっきりした人なので「嗜好や理性を超えて、なぜかかき氷しか食べたくない」という、思うままにならない身体症状についても、その理不尽さが気にかかり、こんなことはエイリアンの仕業に違いないと思わなければやっていられなかったのかもしれない。

 ハルトが生まれてからも彼女は「胎児および新生児はエイリアン」と主張することがあった。いわく、「冷静に見れば決してかわいくはないはずのこの小さないきものが、自分にとってはかわいくてしかたがない。どのようにしたらこの子を確実に守れるのかをいつも考えている。眠れないし、疲れるし、大変なことばかりなのに、これほど大切な存在は絶対にないと感じるばかりに、自分のことなどどうでもよくなる」。理性を超えた感覚で我が子を愛してしまうことが、彼女にとってはあまりにも出来すぎたシナリオに思われるようだ。「エイリアンに仕組まれているんじゃないかしら。かわいいと思う以外にないように設計されていて、まんまと踊らされているのではないかと思う」。

 妊娠や出産、子育てを経験せぬまま生きてきた私には、薫子さんの話はひとつひとつが面白い。疲れ知らずの人が眠たい日々を過ごすようになり、お酒の代わりに甘くて冷たい氷を夫に隠れて食べるようになるだけでも興味深かった。そしてハルトという子が、おなかにいたときよりもさらに暴れん坊になってこの世に現れたという事実もまた、すさまじかった。彼はとても小さいくせに、巨大なエネルギーを放っていた。翻弄される薫子さんをたまに心配になったし、また実のところ、ときどきはハルトに腹が立ったりもした。大事な友達の、彼女らしい冷静さが、子育ての混沌のうちにかき消されそうになっていると感じてしまった瞬間などに、この新しいいきものが早く大きくなって自立すればいいのにな、と私は思った。眠るのも食べるのもハルトは薫子さんの手を必要とする。おまけに私と薫子さんが話そうものなら、やきもちを焼く。まだ言葉もしゃべれないから、ひたすら大きな声をあげて会話の邪魔をする。

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濱野ちひろ

1977年、広島県生まれ。
2000年、早稲田大学第一文学部卒業後、雑誌などに寄稿を始める。インタビュー記事やエッセイ、映画評、旅行、アートなどに関する記事を執筆。
2018年、京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。現在、同研究科博士課程に在籍し、文化人類学におけるセクシュアリティ研究に取り組む。
2019年、『聖なるズー』で第17回開高健ノンフィクション賞を受賞。
その他最新情報は公式HP

写真:小田駿一

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