2021.4.24
「真面目な夫」と「刺激的な男」両方手に入れて何が悪い? 結婚に飽きた妻のモラルが崩壊した瞬間(第7話 妻:麻美)
夫への怒りを鎮める、いとも簡単な方法
桜の季節も過ぎ去り、すっかり温かい日々が続いていると思っていた。
けれど深夜ともなると気温はぐっと下がり、さらに冷たい風まで吹いている。
「さむ……」
外気にさらされた腕に一気に鳥肌が立ち、思わず小さく声を上げる。上着を持たず衝動的に家を飛び出したことを後悔するも、すぐに戻る気にはなれなかった。
――旦那より小銭稼ぎが大事?そもそも毎日暇だろ?――
つい先ほどの夫の言葉を思い出すと、頭に火花が散るような怒りが走る。
「……もうやだ」
傍から見れば、大した悩みではないかもしれない。
稼ぎのいい男と結婚し、専業主婦として夫の庇護の下でぬくぬく暮らしている。何がそんなに不満なのかと言われれば、自分でもうまく言語化できない。
でも今は、このぬるま湯に浸かり続けるのがどうしようもなく窮屈なのだ。
窮屈で窮屈で、なのにうまく身動きが取れない。どう動いていいのか分からず苦しい。そんな自分が惨めで仕方ないし、そして何より、動きを阻もうとする夫が憎い。
麻美は自分の身体を抱き抱えるように夜道を歩きコンビニへ向かう。そのとき、スマホが振動した。
『来週、イタリアン予約したよ。この店でどうですか?』
LINEの送り主は晋也だった。そこには最近評判の広尾のイタリアンのリンクが貼ってある。
すると不思議なことが起きた。
「…………」
まるで麻酔が行き渡るように、たった今まで全身を支配していた夫への痛いほどの激しい怒りがみるみる消えていったのだ。
麻美は思わずその場に立ち尽くす。
これほど簡単な方法を、なぜ今まで使わずに一人で耐えていたのだろう。
品方向性に生きていたって、何の意味もないのに。特効薬があるなら使えばいい。副作用? そんなもの気にしない。
麻美はすっかり気分を鎮めると『楽しみにしてます』と晋也に短い返信を送り、くるりと踵を返し自宅へ戻ったのだった。