2021.11.20
愛娘を授かっても、新たな女に溺れる…不倫をやめられない夫の心理(第22話 夫:康介)
「重要なのは、真実じゃない」不良夫がたどり着いた悟りの境地
――可愛いよなぁ、本当に。
自宅で過ごす週末、すやすや眠る愛娘・花蓮の寝顔を眺めながら、康介は湧き上がってくる愛情をかみしめた。
ふわふわと柔らかい頬や、信じられないほど小さな手にそっと触れてみる。すると我が子は、夢の中にいながらも離すまいとするように父親の指をギュッと握りしめてくれた。
ぬくもりを感じ、「愛しい」とか「かけがえのない」とか、そんな陳腐な言葉では表しきれない、満ち足りた思いが胸に広がっていく。
まさか自分がこれほど子煩悩な父親になるとは夢にも思わなかった。
そして、花蓮に対する愛着は、麻美と一生を共にするのだという覚悟にも直結した。「子はかすがい」とは本当によく言ったものだ。
秘書・茜との情事はしばらく続きそうだが、彼女は瑠璃子のように粘着質な態度を一切見せないから安心している。
巷に溢れる不倫報道、事務所にも不倫相談の客が頻繁に訪れるせいで感覚が麻痺しているのだろうか。「先生たち夫婦、理想的です」などと絶賛してくるのだが、そこに嫉妬も他意もまったく感じないのだ。
茜はまだ26歳だし、彼女のほうも康介のことは遊びで、本命は別の男という可能性もあるな、と思っている。
あまり面白くはない想像だが、麻美と離婚する気はまったくないから、好都合ではあるのだった。
「ただいま」
玄関から聞こえてきた声に、康介は花蓮が起きてしまわないよう小さく「おかえり」と答えた。麻美が仕事から戻ってきたようだ。
「花蓮ちゃんは……寝てる?」
近頃お気に入りらしいDELVAUXのバッグとショールをソファに置き、こちらの様子を伺いつつ小声で尋ねる妻。アイコンタクトで「ああ」と答えながら、康介はそんな麻美の姿に小さな違和感を感じた。
――あれ……?さっきは髪を巻いてなかったっけ。
しかし康介は、疑問を感じながらも口にはしなかった。
麻美はエステサロンを軌道に乗せ、最近は『妊活サプリ』までプロデュースして話題を集めている。週末にこうして家をあけることも多いのだが、本当に仕事か?などと疑いだしたらキリがない。
だが真実を追求して、いったい何になるだろう。離婚はしないと結論が決まっているのなら、わざわざ嘘をほじくり返して揉めるだけ無駄だ。
そして、そうやって完全に割り切ってしまえば、康介と麻美の結婚生活は実に快適で穏やかなのだった。
互いに好きな仕事をして、好きに使えるお金も時間もある。ソツのない妻はシッターをうまく利用しながら仕事も家事も育児もパーフェクトにこなし、平日は毎日帰りの遅い康介に文句一つ言わない。
茜の発言どおり、客観的に見れば、康介と麻美はまさに令和時代の理想的な夫婦と言えるに違いない。
真実よりも、重要なことがある。
父親となり覚悟を決めた康介は、そう悟っていた。