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「一体、誰の子どもを妊娠した?」理想の妻の恐ろしい二面性(第21話 妻:麻美)

彼女は、一体誰の子どもを妊娠した?

「晋也くん、元気?」

突然電話が鳴ったのは、最後に彼女と会ってから2ヶ月以上の時間が経ってからだった。

「元気だけど、ずっと心配してたよ! しばらく連絡がなかったから。麻美、何かあったの?」

平日の昼下がり。久しぶりにスーツを着て出社していた晋也は急いで席を立つと、誰もいない会議室に移動し、精一杯の優しい声で応答した。

「お返事、できてなくてごめんね」

「どうしたの?大丈夫?麻美に会いたいよ」

緊急事態宣言も明け、出勤も増えている。今のうちに麻美との昼の情事を楽しんでおきたい。

「うん、いろいろあって……」

「何、旦那さんにバレた? それとも新しい彼氏でもできたの?」

相変わらずおっとりした口調で、もったいぶるように話す麻美にやや苛立ったせいだろうか。自分らしくもない挑発的な言葉が出てしまった。

「……あのね、私、妊娠したの」

けれど次の瞬間、晋也は完全に言葉を失った。

妊娠? 麻美が? 一体、いつ。

エステサロンの立ち上げに必死ではなかったか?いや、そもそも誰の子だ? 旦那の子? 仮面夫婦と言っていなかったか?あるいは、まさか……?

様々な疑問が頭の中をめぐり、やや混乱状態に陥る。

咄嗟に彼女と身体を重ねた記憶を引っ掻き回したが、心当たりが全くないとも言えない。窓の外に広がる丸の内のビル街がわずかに歪み、背筋にヒヤリとしたものが走った。

この女は真昼間に電話をかけてきて、自分を脅す気なのか。もしそうだとしたら……。

「だから、晋也くんと会うのはちょっと難しくなっちゃって」

けれど麻美は、そんな晋也を茶化すように明るい声を出す。スマホ越しに、いつもの上目遣いで甘えた表情をする彼女の顔が浮かんだ。

「そ、そうか……いや、びっくりしたよ……。おめでとう。た、体調とかは、大丈夫なの?」

どうやら脅しではない。

ホッとすると同時に彼女に合わせて平静を装ったが、少しばかり声がうわずった。慎重に選んだつもりの言葉ではあるが、これで正しいだろうか。

「ラッキーなことに、つわりも全然なくて元気なの。ありがとう晋也くん。また落ち着いたらお茶でもしようね。じゃあ」

すると麻美は、拍子抜けするほどあっさりと電話を切った。

つまり彼女は、自分に別れを告げたのだ。まったく予想外の奇襲である。

やや途方に暮れたまま、晋也はインスタグラムを開く。SNSに興味はないが、麻美のアカウントはたびたび盗み見ていた。

そこには相変わらず上品に澄ました彼女の美しい顔が並んでいる。もはやカリスマ性まで帯び始めた麻美は、美容家、兼経営者として雑誌やメディアに頻出しているようだ。

その画面をスクロールするほどに、薄れていた欲望が再びふつふつと沸いた。

あの上質な服を今すぐ剥ぎ取って、どこまでも貪欲なあの女の本性を引きずり出してやりたい。

じっとスマホを見つめながら、晋也は一人、乾いた声で笑った。

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山本理沙

やまもと・りさ●84年 東京都生まれ。日本女子大学文学部卒卒業後、外資系航空会社客室乗務員、金融機関・コンサルティングファームの秘書業務を経てフリーランスへ。
2015年〜2019年に東京カレンダーWEBにて『東京婚活事情』『結婚願望のない男』『東京ホテル・ストーリー』など多数執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(里奈Ver.)共著原作者。『不良夫婦』では(妻side)を執筆。

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Twitter●山本理沙/WEB作家




安本由佳

やすもと・ゆか●81年 奈良県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、化粧品会社広報、損害保険会社IT部門勤務を経てフリーランスへ。
2016年〜2020年1月 東京カレンダーWEBにて『二子玉川の妻たちは』『私、港区女子になれない』など多数の連載を執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(廉Ver.)の共著原作者。『不良夫婦』では(夫side)を執筆。

オフィシャルサイト●安本由佳
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Twitter●安本由佳|WEB作家@軽井沢

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