2021.7.17
離婚するのは、夫の「利用価値」がなくなってからでいい。夫の浮気を見逃した妻の策略(第13話 妻:麻美)
「私、すごく傷ついてるの」被害者を演じる妻の策略
「エステサロンを開業するから……その資金1,000万円、こうちゃんにお願いしたいの」
夫の目をじっと見つめてそう言うと、その顔はみるみる引きつり始めた。
「渡せるワケがないだろ。そんな金はない」
よく言うよ、と麻美は心の中で呆れる。自分が夫の資産の詳細を知らないとでも思っているのか。
石橋を叩いて渡る性格の康介は、よく言えば堅実で散財はしない。30代半ばの男にしては相当な額を貯め込んでいることを麻美はきちんと把握している。
そんな彼の堅実さを、これまでは静観していた。夫として、家族として、多少面白味に欠けても資産を蓄えてくれるのは単純にありがたいと思うようにしていたのだ。
けれど今、すっかり仮面夫婦化が進み、お互いに個人プレイを楽しむならば、資産なんてどうでもいい。子作りの予定もなく、いつまでこの男と夫婦でいるかも分からないのに、お金を貯め込むことに何の意味があるだろう。
麻美はずっと康介に尽くしてきたし、彼の理想とする妻をままごとのように演じてきてやった。その対価を多少なりとも貰うのは当然だし、渋るのであれば奪うまでだ。
「ねぇこうちゃん。私、こう見えてすごく傷ついてるの」
笑顔を消してそう言うと、康介の瞳が揺れた。
「分かるかな、朝まで眠れずにずっと待ってる気持ち。あの日のこうちゃんのお洋服、すごく甘い香りがしたね。でも、私の仕事を応援してくれるなら、辛いけどなかったことする……もしそれがダメなら……あ、橘先生、お元気かな」
とどめに、離婚訴訟に強い弁護士の名前を挙げる。
すると康介の顔からみるみる血の気が引いたので、麻美は吹き出しそうになるのを必死で堪えた。
子どももいない、夫への執着もない。「持たざる女」は強いのだ。