2021.6.19
「朝まで帰らない夫に連絡できない」妻のプライドと葛藤、帰宅した夫のチープな言い訳(第11話 妻:麻美)
朝まで帰らない夫に連絡できない。妻の葛藤とプライド
その晩、エステの開業方法について調べるため夢中でパソコンに向かっていた麻美は、ふと気づいた。
時刻はもう0時近く。夫が帰宅していない。
スマホを確認したが連絡もなかった。仕事が多忙な時期でなければ、普段は20時頃には帰宅し、黙々と食事や風呂を済ませて22時には就寝する夫。遊びにも興味がないため、飲み会で遅くなることもほとんどない。
何かあったのだろうか。麻美はもう一度スマホを手に取り、夫へ発信しようとしたが思い留まった。
数日前、麻美も同じように連絡なしに深夜に帰宅し、それを咎めた夫に反抗的な態度をとったばかりだ。ここで余計な指摘をしたら墓穴を掘るかもしれない。
にわかに苛立ちながらも、麻美はパソコンに向き直り作業に集中した。調べれば調べるほど、エステ開業のハードルはそれほど高くない。特別な資格もいらず、とにかく重要なのはロケーションと技術だろうと思った。
そして何より必要なのは、資金。エクセルにざっと必要事項をまとめると、麻美はハーブティーを飲みながら一息つく。
再びスマホを見るとLINEの通知があったが、晋也からだった。目下、彼にとっての最重要事項は麻美をベッドに誘うことで、そのために必死になっているのだ。普段ならばしばらくLINEのラリーを続けて楽しむところだが、やはり康介から連絡がないのが気になってしまう。
嫌な予感が頭をよぎる。最近は物騒な事件も多いし、万一の事故やトラブルもあるかもしれない。思えばこんな風に夫が連絡もなしに帰宅しないことは結婚後に一度もなかった。
――まさか、こうちゃんに何かあった……?
今度こそ康介に電話をかけようとしたが、やはりやめた。
事件に巻き込まれる可能性なんて低いし、事故に遭えばまず妻に連絡が入るだろう。
寝室へ移動してしまおうとキッチンを通り過ぎたとき、先ほど料理した鯖の味噌煮が目に入った。愛情はすっかり冷め、憎さすら感じているにも関わらず、どうして手間隙かけてわざわざ夫の好物を作ってしまうのか。
ベッドに入ってもなかなか苛立ちが収まらずに何度もスマホに手を伸ばしたが、康介からの連絡の気配はなく、その日は結局、夫は朝まで帰らなかった。
ほとんど寝つけないまま朝になり、麻美がいよいよ本気で康介に電話をかけようとしたとき、ガチャリと玄関の開く音がした。
「連絡せずごめん。弘樹と飲んでたんだ……」
その顔を見た瞬間、麻美は「女だ」と確信した。なんとなく締まりのない表情に、こちらを直視せずに泳ぐ瞳。弱々しく言い訳を並べる声色も、すべてが白々しい。これでは「もっと追求してください」と言っているようなものだ。
「…………
それなりに見栄えする外見とステータスに、どこかの安い女が釣られたのだろうか。しかし特に興味は沸かなかった。ただ生活のリズムを乱されたことが苛立たしい。
麻美は夫に返事をする代わりに、鯖の味噌煮をティスポーザーに流し込み、コーヒーを淹れた。
そして、昨晩放置してしまった晋也のLINEに返信する。
『ねぇ、今日会える?』
寝不足も夫へのストレスも、解消法は自分で見つける。康介にはもう何も期待しない。
もともと、そう決めていたのだから。