2021.6.5
「この結婚は失敗だった」…自慢の妻に幻滅したエリート夫が初めて離婚を意識した理由(第10話 夫:康介)
案内された瑠璃子の部屋は、想像どおり広くはなかった。
玄関から細い廊下を進むとカウンターキッチンとリビングがあり、その脇の寝室にダブルベッドが置かれている。なんとなく見てはいけない気がしてすぐに視線を逸らしたが、光沢感のあるシーツで綺麗にメイキングされていた。
「座っててくださいね」
そう声をかけられたものの、スペースの関係か、あまり家で食事をしないのか、ダイニングセットがない。ぐるりと部屋を見渡し、リビングのソファに腰掛けた。
「知ってました? 最近メキシコワインが熱いらしいの。ナチュラルワインをいただいたんですけど、これがなかなか美味しくて」
ワインを運んできた瑠璃子ははしゃぎながら、ガラステーブルにつまみのチーズやドライフルーツ、クラッカーを手際良く並べていく。
開襟シャツにタイトスカートという格好のまま、小動物のようにせわしなく動きまわる瑠璃子を眺めていると、ふいに遠い昔の麻美が思い出された。
弁護士事務所で人気ナンバーワンのアシスタントだった麻美。正統派の美人であるのに愛嬌もあって、康介はもちろん、他の弁護士たちにとっても憧れのまとであり癒しの存在だった。
彼女に笑顔を向けられると、大袈裟ではなくたちまち疲れが吹き飛んだものだ。
しかしながら若かりし頃の彼女の愛らしい姿は、深夜に帰宅した挙句、挑発的な薄ら笑いを浮かべる妻へとすり替わった――あれは、もはや康介の知る麻美ではない。
――『奥さんは、先生が思っているような女性ではないと思います』
そういえば、瑠璃子は先ほどこうも言っていた。康介は思わず大きく頷く。彼女の言う通り、俺は結婚する相手を間違えたのではないだろうか……?
「それじゃあ、乾杯」
触れ合うほど近くに腰を下ろした瑠璃子が、上機嫌でグラスを手渡してきた。「乾杯」と康介も微笑み返し、不愉快な記憶を消し去るべくワインを喉に流し込んだ。
「ダメだ。酔ったみたいだ」
情けない話だが、瑠璃子に勧められるままグラスを3杯空けたところで猛烈な眠気に襲われた。
相変わらずあれこれ仕事は振られるし、ここ最近は独立に向けて考えることも多く、さらには麻美とのいざこざもあって疲れが溜まっていたのだろう。
瑠璃子が「横になっていいですよ」と言ってくれたので、ソファに足をあげ、遠慮なく寝転がらせてもらうことにした。
――?
その後、どのくらいの時間が経ったか定かではない。横になり瞼を閉じてからの記憶がなかった。
微かな気配を感じて目を開けると……なんと、至近距離に瑠璃子の顔があった。そして次の瞬間、康介の唇に柔らかな感触が広がった。
驚く間もなく、康介はほとんど条件反射で彼女を受け入れていた。痺れるような衝動が全身を貫く。そのまま欲情に任せて唇を吸うと、今度は瑠璃子の方から舌を絡めてきた。
躊躇う気持ちも罪悪感も、湧いてはこなかった。飲み過ぎたせいで、判断能力が低下していると思われた。下腹部に感じる彼女の重みと熱、何度も押しつけられる唇……全神経が瑠璃子に集中し、他のことは何も考えられない。
「……酔ってる?」
誤魔化すように言った康介の質問には答えず、瑠璃子は黙ったままシャツのボタンに手をかけた。
康介はその手を静かに掴み、瑠璃子の動きを止める。そして、今度は康介から唇を重ねると、ゆっくりと自らの手で彼女の服を剥いだ。