2021.6.5
「この結婚は失敗だった」…自慢の妻に幻滅したエリート夫が初めて離婚を意識した理由(第10話 夫:康介)
誘惑に負け、不良夫への第一歩を
「あ。ここで降ります」
瑠璃子が気怠い声を出したので、康介もゆっくり首を動かし車窓へと視線を向けた。
場所は、恵比寿と広尾の間あたりだろうか。二人が乗ったタクシーは、オレンジの光が灯るマンションのエントランスで静かに停車した。
未だ躊躇している康介をよそに、瑠璃子はさっさと支払いを済ませる。そして絡めた指に力を込めると「先生、行きましょう」と囁いた。
『奥さんじゃなくて、私を選べば良かったのに』
ついさっき、瑠璃子が言ったセリフ。あれは一体、どういう意味だったのか。
問いただすことも笑って誤魔化すこともできず、康介はただ動揺するだけだった。ところが暫し言葉を失い黙り込んだ康介を、彼女は肯定的に受け取ったらしい。
「先生、よかったらウチで飲み直しません!? いただき物のメキシコワインがあるんです」
酔いに任せてなのか、テンション高くそう言って部屋へと誘ってきたのだ。
当然、瞬時に麻美の顔が浮かんだ。しかしすぐに、不良妻と化した麻美に義理立てる必要もないと思い直した。だいたい、妻の方だって夜遊びしているのだから。
そうして康介は、促されるまま瑠璃子とともにタクシーに乗り込んだ。そっと触れてきた柔らかな指先を、振りほどくこともしなかった。