2021.4.10
「20万なら安いもの」妻に突然ジュエリーを贈った夫…その裏に隠された本音とは(第6話 夫:康介)
そこには、康介も見覚えがある特徴的なフラワーモチーフのブレスレットが映っていた。
「え? ああ……そうだったかな」
ヴァンクリーフ&アーペルは、確かに麻美の好きなジュエリーブランドだ。彼女の希望でマリッジもエンゲージリングもそこで揃えた。また、記念日や誕生日がくるたびねだられるので、女性のファッションに疎い康介でもさすがに覚えている。
しかしなぜ瑠璃子がそんなことを知っている?
小さな不審を感じていると、康介の怪訝な表情に気づいた瑠璃子が少しばかり早口でこう付け加えた。
「私たち世代の女性は、だいたいヴァンクリが好きだから」
「ああ……そうなのか」
なんだ、そういうことか。一応の納得を得て康介はホッと胸をなでおろした。自分は彼女にどこまでプライベートを明かしたのかと不安になっていた。あまり口が軽いのでは弁護士としての資質に関わる。
「じゃあ、小坂さんも好きですか?」
「私?」
これは会話の繋ぎとして、他意なく尋ねた質問だった。だが彼女はまさか自分に質問が飛ぶとは思っていなかったらしく、丸い目をさらに丸くして康介を見た。瞳の奥が微かに揺れている。
「私は、別に」
しばらくして、彼女はぶっきらぼうに答えた。
矛盾した回答に気まずい沈黙が生まれたが、まもなく瑠璃子は「ああ、いや」と首を振り釈明を始めた。
「ヴァンクリがどうとかじゃなく、人とかぶるものが好きじゃないんですよ、私。オリジナリティのあるものが好きで」
そういう瑠璃子の耳元には個性的で大きなピアスが揺れていた。フリンジのようなデザインで、所々にカラフルなビーズが散りばめられている。
コンサバを好む麻美は絶対に選ばないし、康介の趣味でもない。しかしすべてのパーツが派手な瑠璃子にはとてもしっくり馴染み、彼女の奔放な魅力を引き立てている気がした。
「確かに素敵ですね、そのピアス。小坂さんによく似合う」
康介はお世辞を言う男じゃないし、気の利いたセリフで女性を称賛できるタイプでもない。ただ心からそう思ったので、素直に褒めた。
すると瑠璃子が意外な反応を見せた。普段は付け入る隙もなく威勢のいい彼女が、照れたような表情で俯いたのだ。
妻をただ支配したいだけという夫の身勝手な考え
瑠璃子にはプレゼント作戦を熱心に推されたが、別に言いなりになるつもりはなかった。
ただ康介としても「暇な主婦のくせに」などと少々言い過ぎた自覚はあり、謝罪のきっかけを欲していたのは確かだった。
それに、週末のホームパーティーにはどうしても妻に同席してもらいたかった。独立の相談をしている先輩夫妻に誘われた会であるし、二人は今後の自分たちにとってロールモデルとなる存在である。康介の思い描くビジョンを麻美と共有するのにもこれ以上の機会はない。
――20万くらいでコントロールできるなら、安いもんだよな。
そんな風に考えた康介はこの日、帰宅途中にヴァンクリーフ&アーペル銀座本店へ立ち寄ったのだった。