2023.1.4
システムエンジニアを退職して新宿ゴールデン街の〈プチ文壇バー〉で働き始めたら人生が激変した
「文壇バーなのに本を読んでない人ばかりでビックリだよ!」
さてさて。『月に吠える』はプチ文壇バーと称しているお店なのですが、ここまであまり文壇バー感のない話をしすぎたので、これから文壇バー感のある話をしようと思う。
〝文壇バー〟と言われると、どんな印象を抱くでしょう。来たことない人からしたら、なんだかハードルが高いように見えるかもしれない。本の話をしなければいけないように思うかもしれないし、文筆系の仕事をしてないと場違いになると思うかもしれない。実際、お客さんの中で本を好きな人は多いし、仕事や趣味で文章を書いてる人も少なからずいる。でも、実際に飲んでいて本の話になることは少ないし、基本的にはどこの飲み屋とも変わらない他愛もない話をしている。逆に、店番をしながらいろんな人のことを眺めていると、〝文壇バー〟ということに拘りすぎる人の方がどうしようもない人が多いことがわかってくる。
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とある日。初老くらいのおじさんが店に入ってきて、
「最近僕は〇〇という作家の△△という本を読んだのですが、読みましたか?」
と、そのおじさんが最近読んだばかりの本の名前を挙げて、僕やカウンターで飲んでいた人に質問をしてきた。僕含め周りの人が誰もその本を読んだことがないということがわかると、
「文壇バーって言ったから入ってみたのに、こんなに本を読んでない人ばかりでビックリだよ!」
と嫌味を言いはじめた。そのおじさんが言いたいことは「俺が読んだ本の話ができなくて寂しい」ということであると思うのだけど、なぜかそのおじさんは「文壇バーなのに!」と、わざわざ店が文壇バーであることを持ち出して嫌味ったらしく言ってきた。素直に感情を口に出せない人間が、文壇バーという言葉に拘り始めるのだ。
あともう一人思い出した。文壇バーであることを盾に取ってきた人。夜中の3時頃。東京03の角田晃広に似たおじさんが入ってきた。泥酔してそうだったから入れようか一瞬迷ったけど、お客さんが少なくて席が空いてたし、お客さんが気心の知れた人ばかりだったから変な人を入れてもある程度は許されるだろうと思って、店に入れることにした。
「15年間好きだった人に振られました。俺の話聞いてよ。ここ文壇バーでしょ?」
それが席についてからの彼の一言目だった。「話の前に、なに飲みます?」と聞いたら、
「水くれ! 水!」
と言って、お酒も頼んでくれなかった。僕は歩合給で働いているから、水を出しても給料にならない。でも、水を飲んだら後から酒を頼んでくれるかなと思って水を出していたら、失恋話をしながら水を4杯くらい飲んだところでトイレでゲボを吐かれた。閉め作業で掃除の仕事が増えた。最悪だ。
「もうお酒飲まないなら帰ってください。ゲボも吐かれて迷惑です」
と強めに言ったら、
「帰るか! あれっ、やべぇっ! 財布がねぇ~~~!」
と三文芝居のようなことをし始めて、結局、その時に居合わせた22歳のサブカル風の男の子にチャージ料を補填してもらってそのおじさんは帰っていった。店に入れようか迷って入れた人が本当は店に入れない方がよかった時は本当に悔しい気持ちになる。「ここ文壇バーでしょ?」とか言ってくる人は、こんな風に自分のことしか考えていない人が多いので、自分は文壇バーに向いてないんじゃないかって不安になる人ほどマトモだと思うから飲みに来てほしい。
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なんだか自分が働いているお店の負の側面の話ばかり書きすぎた気がする。これが令和の文壇バーだ!というポジティブな話もしっかり書こう。
歌舞伎町で真実の愛を追い求めたエッセイ『歌舞伎町モラトリアム』を2022/11/25に出版した現役女子大生作家である佐々木チワワさんが、もともと店の常連さんで、僕が店番のときにも来てくれている。
初めて佐々木チワワさんが来てくれたときのことだ。事前に「今日ホスクラの後に行きます」とDMをくれていたのだけど、佐々木チワワさんが来た時に店がちょうど満席だった。「補助椅子でも大丈夫ですか?」と、店の一番隅っこ、カウンターとキッチンの間という最も飲みづらい場所で座り心地の悪い折り畳み式の補助椅子に座って飲んでくれないかと提案したら、「えっ、私、特別扱い好きなんで嬉しいっす!」と言って嬉々として補助椅子に座って飲んでくれた。瞬時にそんな素敵な返しをしてくれるなんて、さすが、金と欲望が渦巻く歌舞伎町で真実の愛を求めて生きている人だ、と感動した。
これは佐々木チワワさんがオールナイトニッポン0のパーソナリティをした回のラジオで聞いた話なのだけど、佐々木チワワさんによると、ゴールデン街は住所的には歌舞伎町であるのに、ゴールデン街で飲んでいる人は、ホストが働いているいわゆる”歌舞伎町”のことを「川の向こう」と表現するらしい。確かに、ゴールデン街で飲んでる人でホストに行く人は滅多にいないし、ホストやホス狂いの人たちがゴールデン街に来ることも滅多にない。同じ歌舞伎町という住所なのにこれだけ住み着く人間が区分けされているのは不思議なことだ。
そんな佐々木チワワさんは、『月に吠える』で書籍の編集者の人と飲んだりしているとき、普段はゴールデン街に足を踏み入れることのないホストやホス狂いの女の子を呼びつける。編集者と水商売の人に囲まれて酒を飲むなんて、昔の文豪みたいな飲み方をする人だ。作家というのはどこか境界人(マージナル・マン)である部分があると思うのだけど、川の向こうとこちら側を自由に行き来し、他人をも行き来させてしまうところに、佐々木チワワさんの作家性があるのだなぁ、とカウンターの中から眺めながらいつも思っている。一緒にいた書籍編集者の人も「佐々木チワワの取材って言うとなんでも経費で落とせるんで、経費でおっパブ行ってます!」とか言っていたし、佐々木チワワさんは色んなラインを人に超えさせてしまう魅力がある人だ。
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