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上京して惨めな生活を送るエリート広告マンが大阪の旧友に語った懺悔とは?【麻布競馬場 新刊試し読み】

麻布競馬場さんの傑作を集めたショートストーリー集『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』が、5刷重版の大ヒット!
渋谷・大盛堂書店の2022年の文芸書・エッセイ販売数の第1位にもなりました。

5刷重版を記念して、本書に収録されている「大阪へ」を無料公開いたします!
麻布競馬場さんのエッセンスが詰まった一篇です。
この機会にぜひ!

大阪で馴染めなかった僕

 久しぶりです。恥ずかしいので留守電にします。謝りたいんです。君を、大阪という街を誤解して、勝手に嫌っていたこと。東京に戻って、東京で傷付いてから、やっと気付いたんです。君が、知らないおばちゃんが飴ちゃんをくれるように、僕に優しさを手渡して、握らせてくれたこと。

 東京で生まれて、両親の仕事の都合で中二から大阪に引っ越しました。転校の挨拶で標準語を話したら「芸能人みたいやな」と同級生たちに笑われました。クラスの人気者はいつでも「おもろい人」。頭は良くてもおもろいことなんて何ひとつ言えない僕は、いつもクラスで浮いていました。

 この街には川がたくさんありました。豊中のマンションから神崎川を渡って、淀川のほとりの十三の公立高校へ。みんな頭がいいのに、東京ではなく京都や大阪の大学を目指していました。みんな地元を愛していました。地元や地元の仲間を捨てて東京に出るなんて選択肢は、この街には存在しないようでした。

 この街には川がたくさんありました。いつも肌に張り付くような湿気。どことなくそれに似た押し付けがましい善意。濾過されることなく浴びせられる本音。配慮や距離感というものがこの街にはありませんでした。東京とはまったく空気が異なるようでした。その空気に、僕はいつでも窒息しそうでした。

 高校にも馴染める様子はありませんでした。僕はたぶん、大阪を見下していました。心斎橋なんて、表通りこそ小さい頃両親と行った銀座や表参道のようでいて、しかし一本入ればもう地方の商店街のようで、この街は都会のふりをした壮大な田舎だと思っていました。

「一緒に漫才せぇへん?」。図書館に行こうとする僕を捕まえて、君はそう言いました。五月の雨の日。大阪弁と標準語をぶつけ合う新感覚漫才を、文化祭で二人でやろうと言うのです。もちろん断りました。「台本だけでもええから!」。一刻も早く逃げたい一心で、「それだけなら」とつい言ってしまいました。

 君のことが嫌いでした。入学してすぐの宿泊研修でも、その後のクラスの様々でも話しかけられた記憶があります。僕にとって君は大阪の悪しき象徴でした。病的な陽キャ。いつもクラスの中心にいて、さして面白くもないツッコミを大声で言うだけ。勢いだけでみんなを笑わせているように見えました。

 いつも独りぼっちのかわいそうな同級生を助けてやろうとか、東京モンに大阪のおもろさ至上主義の洗礼を受けさせてやろうとか、そういう侮蔑交じりの頼んでもいない善意を押し付けようとしているんじゃないか。君も、僕を漫才に誘うという君のその行為も、悪しき大阪の悪しき象徴のように見えたのです。

 驚くべきことに、台本はスラスラと書けましたし、自分で言うのも何ですが、かなりいいものが書けました。君に勧められるがままに何組かの芸人の漫才を見て、分析して、サンプリングして融合させる。そういう作業の末に、「凶暴な高速ナマケモノが動物園から逃げ出した話」という怪作が完成しました。

 結局、丸め込まれてステージに立つことになりました。空き教室で、河川敷で、君は細く剃った眉の下の目をキラキラさせながら僕を鍛えた。「……その鋭い鉤爪で、御堂筋の道路標識を片っ端から切り刻みながら、こっちに向かってるらしいんですよ」。大爆笑。僕は文化祭の日に初めて、大阪に受け入れられた気がしました。

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麻布競馬場

あざぶけいばじょう
1991年生まれ。慶応義塾大学卒業。
著書に『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)、『令和元年の人生ゲーム』(文藝春秋)。

Twitter@63cities


(イラスト:岡村優太)

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