2022.11.2
AV監督・二村ヒトシにゴールデン街で恋愛相談「二村さんって、なんでキモチワルいのにモテるんだろう?」
お下劣な店、Sea&Sun
「ご無沙汰しています。今夜はゴールデン街にはおられませんか?」
初夏に差し掛かったころ。突然、二村さんからTwitterのDMが届いた。二村さんがよくゴールデン街で飲んでいることは知っていたので、ゴールデン街で飲んでいたらいつかどこかで再会できるかなぁ、と思っていたので嬉しかった。
「二村さんおられるなら、家近いので行きますよー!」
と返信をすると、
「Sea&Sunという店に今から行きます。五番街の、花園神社を背にして左側にあるお店です」
と教えてくれた。
Sea&Sunは、ゴールデン街の下半身を担っているようなお下劣なお店であると、あらゆるところで噂は耳にしていた。漫画家としても、中年女性ユニット『すぐイクよ出るよ』としても活躍しているドルショック竹下さん、通称ドルさんがキャプテンをやっているお店だ。ゴールデン街は建物も古ければ価値観も古いところがあり、店の中で働く女性のことを「ママ」なんて呼ぶ前近代的な慣習がまだ残っているのだが、ドルさんは思想的に「キャプテン」という呼称を採用しているようだった。
とても初見で一人で行く勇気はないお店であったし、ゴールデン街で新しいお店に行くときは既に常連の人から紹介された方が摩擦なくお店に馴染むことができるので、二村さんからSea&Sunに誘ってもらえたのは嬉しかった。喜々としてゴールデン街に向かうと、明るく光る綺麗な青色の看板に白抜きの文字で「Sea&Sun」と書かれているお店が見えた。外から店内を覗くと、坂本龍一並に白髪にオーラを宿した二村さんの横顔が見えた。二村さんが座るカウンターのすぐ目の前には、入口の方に見せつけるようにパッケージが向けられた「まんこい」という焼酎が置かれていた。
「二村さん、お久しぶりです。連絡いただけて嬉しいです」
二村さんの近くに立って挨拶をすると、
「お久しぶりです。君のゴールデン街に関するツイートが面白くて、連絡しちゃいました」
と言ってくれた。日頃からゴールデン街で面白いことがあったらその出来事をツイートしているので、それを見てくれているようだった。ありがたい、と思って二村さんの隣に座ると、
「はい、マンコースター」
ドルさんがコースターを差し出してくれた。カウンターの中にいるドルさんは、金髪をおさげにして、白くて大きなハット帽をかぶり、白の薄い水着からEカップはありそうなおっぱいを覗かせていた。
「彼は、風俗に詳しい人です」
二村さんがドルさんに僕のことを雑に紹介してくれると、
「そうなの? はじめまして。よろしこしこ」
ドルさんが挨拶をしてくれた。
何のお酒を飲もうかと思って二村さんの飲んでいるお酒を見ると、白濁したマッコリを飲んでいた。性的なイメージが喚起されるSea&Sunというお店でマッコリを見ると精液にしか思えず、飲む気が起こらなかった。僕は、精液を飲みたいと思える人間ではなかった。他のお酒を頼もうとカウンターの中を見渡すと、梅毒急増中に関する注意の張り紙や、ED治療薬の効果が書かれた張り紙に交じって、ビールのメニュー表があった。
サッポロ クロビカリ
アサヒ スーパードライオーガズム
キリン ハート淫乱ド
サントリー プレミアムイチモツ
国産のビールが揃っていた。プレミアムモルツで、とお願いをすると、「はい。プレミアムイチモツ~っ!」と、ドルさんがビールを提供してくれた。
「では、久しぶりの出逢いに、乾杯」
二村さんと乾杯しようとすると、「こちらの方はお友達の人妻さんです」と、二村さんの左隣に座ってる女性のことを紹介してくれた。綺麗な茶髪のショートヘアの、目力の強い人で、人妻であること以外は何もわからなかったが、3人で乾杯をした。しばらく話をしていると、二村さんが突然少し下を向き、なにやら笑いを噛みしめるような表情をして、
「あの、今日は君に聞きたいことがありまして。ゴールデン街で二村ヒトシの本の話をする人を見かけるってツイートをあなたがされてるのを見たんですけど、そんな人はどこにいらっしゃるんでしょうかっ!?」
と、二重幅の広い目をこちらに向けてきた。確かに、僕は一か月前にそんな内容のツイートをしていた。二村さんのその質問を聞いて、4年前の記憶が一瞬にして呼び起こされた。二村さんは、本当にどうしようもないくらいに自分が注目されたい気持ちの強い人で、そうした気持ちを明け透けに表現するような人だった。
この続きは、書籍でお楽しみください☟
どうしたら正しいセックスができるのだろう――
風俗通いが趣味だったシステムエンジニアの著者が、ふとしたきっかけで通い始めた新宿ゴールデン街。
老若男女がつどう歴史ある飲み屋街での多様な出会いが、彼の人生を変えてしまう。
ユーモアと思索で心揺さぶる、新世代の私小説。
書籍の詳細はこちらから。