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陰キャが勝ち取った幸運?「人見知り克服養成所」店番の米澤成美さん監督作品『ちくび神』を見に大阪へ…

「そう言ってもらえるとねぇ、ありがたいねぇ」

「すごい面白かったです」

映画が終わったあと、廊下のところで米澤さんがサイン会をしていたので、パンフレットにサインを書いてもらってる間に感想を伝えると、

「そう言ってもらえるとねぇ、ありがたいねぇ」

相変わらずどこか他人事のように返事をしてくる、不思議な調子の米澤さんであった。

 *

翌日の朝。新幹線で東京に帰ることにした。朝ごはんに何を食べようかと思ったときに、串カツ屋で米澤さんから「人生でこんなたまごサンド食べたことねぇぞぉー、ってくらいにおいしいと思ったたまごサンドがありまして」と、十三駅の近くにあるお店のたまごサンドを教えてもらったのを思い出した。十三駅の商店街にあるそのお店に寄ってたまごサンドを買い、新幹線の中で食べて帰ることにした。

新幹線のテーブルの上にたまごサンドを広げると、甘いたまご焼きの匂いが目の前にひろがった。パンとたまご焼きの間には、バターとケチャップが薄く塗られていた。『ちくび神』を見たばかりだったから、ケチャップの赤を見ただけで、乳首から垂れ流された血の映像を思い出してしまった。

新大阪から品川まで約2時間半。YouTubeの動画でも見て時間を潰そうと思い、チャンネル登録しているYouTuberの最近の動画を遡って眺めていると、人見知り克服養成所で出会ったパチ屋の2人組の動画が出てきた。出会ったときから1か月以上が経ち、6人だった登録者は8人に増えていた。最新の動画「ウィダーゼリーの早飲み対決」をタップすると、スマホの中で動画が流れた。

「今回の企画は、ウィダーゼリー、早飲み対決~!ぱちぱちぱちぱち~」

なんてことない白い壁の部屋の隅っこに、銀縁で表面が白色の安っぽい折り畳みテーブルを広げ、その上にウィダーゼリーを並べたパチ屋の2人組がスマホの中に現れた。ウィダーゼリーなんて3秒で飲み終わりますよ、そう息巻くパチ屋の後輩の男の子が、ウィダーゼリーの早飲みをしはじめる。画面の右半分にはスマホのストップウォッチのアプリが表示され、時間が刻まれてゆく。パチ屋の後輩がウィダーゼリーをすべて飲み終わり、飲み終わったことを証明するために口を大きく広げたところで、パチ屋の先輩がストップウォッチを止める。

「出ました。記録は……9秒57!」

驚くほどにつまらなかった。あの時、もしこの人たちが僕のことを人見知りとは思わずに「お兄さん陽キャですよねぇ!」なんて絡んできて話が盛り上がりでもしていたら、店番の米澤さんが何者か知ることはなかったかもしれないし、『ちくび神』を観に大阪に来ることもなかったのかもしれなかった。僕は自分でも気づかぬ内に、幸運を勝ち取っていたのだ。あぁ、よかった。陽キャになれない人見知りで。

(第2回・了)

 次回連載第3回は11/2(水)公開予定です。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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