よみタイ

篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

前回まではこちら→https://yomitai.jp/series/gangakita/

「ホーム巡礼 八王子十四ヵ所」 その3

介護のうしろから「がん」が来た! 第42回

 グループホームを探すかたわら、週二回、洗濯物の交換に老健に通う。
「どうですか、どこか見つかりましたか?」
「すみません、どこも一杯で、空きベッドの連絡待ちです」 
 という会話が繰り返される。
 
 そんな中で老健のケアマネージャーさんからさらに二ヵ所、空きベッドがあるということで、HとIを紹介される。    
 だがHは、その直前にリストを見て電話をかけたところ、待機者が多くまず無理、と門前払いされている。
 そしてIの方は八王子の西の端にある私の自宅からかなり遠く、面会に行くのもバスを乗り換え半日がかりといった場所だ。母にとってまったく馴染みのない土地であることも気になったが、この際贅沢は言っていられない。

 期待しないままIに行ってみると、けっこう高そうな有料老人ホームと同じ建物内の、あまり日当たりも景観も良くない部分にあった。
 だが中庭に面した回廊風の廊下や広めの食堂などに開放感があり、何となく温泉旅館っぽいイメージでゆったりくつろげそうだ。
 入居者の方が緩やかに移動し、交流している様子も良い感じだ。
 案内してくださった施設長の方からは認知症への理解が深く、責任を持って管理していることが伝わってくる。だが、やはりというべきか、だからこそと言うべきか、ここも待機の列が長い。

 駅前に出て昼食を取った後、今度はリストから自分で選んだJに見学に行く。
 どう見ても安普請の民家だが、建物の立派さ加減でホームの内実ははかれないということは、これまでの見学で学んだ。
 
 だが、施設長さんがいかにせん若い。耳にピアスを光らせた青年は、生真面目そうで働き者な感じであるし、人を見た目で判断してはいけないとはわかっているが、それでも「おい、大丈夫か?」と心配になる。
 入居者の方々が、症状の重い軽いはあってもそれぞれいかにも居心地良さそうに寛いだり、おしゃべりに興じている様は好ましい。介護士の女性たちもベテランという感じだ。
 案内してくれたのは施設長ではなく、そこを経営している会社の入居担当者で、午前中に見学したI同様、認知症についてはよく理解されていて、施設としての対応にもポリシーが感じられる。
 とりわけ入居者の人間関係に、認知症の特性を踏まえたうえで適切に対応していることに感心した。たとえばダイニングキッチンなどで生じる「縄張り問題」については、言い聞かせや仲裁ではなく、定期的に模様替え、席替えをすることで、最初から縄張り意識を生じさせないように工夫しているとのこと。変化に弱い認知症を逆手に取って、たくみにトラブルを防ぐやりかたは目から鱗だ。
 会社は近隣市町村でいくつかのグループホームを経営しているところで、入居者の扱いについてノウハウの蓄積があることをうかがわせる。
 この入居担当者が各ホームを頻繁に回っているようで、事実上の管理者のように見えるが、肩書きはあくまで「入居担当」であるから、どの程度運営に関わっているのかが気になるところだ。
 
 Jにはベッドの空きがあり、さらにこの一ヵ月くらいでもう一つ空くかもしれないということで、入居できる可能性は非常に高い。ようやく辿り着いた空きベッドで、ここJでほぼ決まりかな、と思いつつ、翌日、以前門前払いされたHに見学に行く。

 

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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