よみタイ

篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

前回まではこちら→https://yomitai.jp/series/gangakita/

乳房とは仰向けになると変形するもの――形成外科手術の難題

介護のうしろから「がん」が来た! 第28回

 12月10日の午前9時、再び聖路加病院に入院。
 
 前夜の12時から絶食、この日の朝6時から飲水禁止。お腹が空いているせいか、とにかく寒い朝だ。
 やたらに喉が渇き、頭痛もする。這々ほうほうの体で病室に入るとすぐに看護師さんがやってきて、「二回目ですから、勝手はわかってますよね」と洗浄剤を置いていく。
 
 シャワー室に入り、髪を洗った後、赤く透明な洗浄剤をスポンジにしみこませ、首筋、耳の後ろから胴体の腹側、脇の下まできれいに洗う。
 流した後は、手術着に着替える。パジャマとカーディガンを用意したが、今回は結局、袖を通すこともなく、退院まで手術着で過ごした。

 ドライヤーで髪を乾かした頃に看護師さんが再び来られて、脱水を防ぐために点滴を開始。
 手術の立ち会いにやってきた夫が手持ちぶさたにしている隣で、私はあれやこれやで忙しい。
 尿の量を計らなければならないので、カップを持って手洗いに行くも、点滴スタンドを狭いトイレに引き入れるのは面倒臭く、外に置いたままドアを大開きにしてカップの中に用を足していると、軽やかなノックの音とともに形成のN先生登場。夫が飛んできて点滴スタンドをトイレに押し込みドアを閉め、事なきを得る。
 ご挨拶の後、「はい、ではマーキングしていきますね」とN先生。マーキングとは犬猫の雄がおしっこをひっかけて縄張りを主張することではなく、ここでは手術の際の目印を皮膚上につけることを言う。

「手術台で寝た状態だと形が変わりますからね」
 ああそうだ。「仰向けになると左右に流れてぺったんこになってしまうので、エッチするときは横向きなの」と言っていた友達がいた。もう何十年も昔の話だが。
 
 上半身裸になって立ち、先生が鎖骨の上に青ペンで印をつける。ぐにゃぐにゃと曲がる定規のようなもので胸部の中心線を縦に一本。左側の残っている乳首から右側にかけて横に一本、その他にもいくつか目印を付けていく。
 これが形成外科、というものだ。軽やかな口調で手術の説明をしながら、先生の視線は真剣だ。デッサン狂った、左右の高さが違う、では済まされないからだろう。

 

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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