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伝説の英語教師・宮坂の恐怖政治「英作文から神戸大学の臭いがする」【学歴狂の詩 第4回】

本気でブチギレて胸ぐらを掴む

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 さて、宮坂の英作文の話に戻ろう。私は京大英作文の対策はかなり難しいと思っていて、どのテキストをやっても心細かったのだが、宮坂のプリントをもらってからは、そこにある表現を繰り返し頭に叩き込めばそれで大丈夫だ、という安心感に包まれながら勉強できるようになった。おそらくこのプリントを土台にした本は現在書店でも売られている。いい時代になったものである。また当時、彼は「センター英語で180点以下を取る奴は人間でなくゲジゲジである」という凶悪な思想を持ちながらセンター英語の参考書を執筆しており、各所に過激なコメントを書き込んでいったら編集者に全部直されたと言っていた(「180点以下は○ね!」と書いたら「180点以下は取るなよ!」に変えられたらしい)。

 彼の授業があまりにもわかりやすいので、生徒の中にはそれを毎回録音している者もいた。ある日、私たちでも「これはヤバイ……」と感じるレベルの英作文を書いてしまった者がおり、宮坂が蛍の光や校歌を通り越して本気でブチギレたことがあった。そして教壇を降りてそいつのところへ行き、胸ぐらを掴んで「あqwせdrftgyふじこlpmzcv!!!」と叫んだ。何と言ったかはわからなかったが、そのとき掴まれた生徒の学ランのボタンがプチン!プチン!と二つ弾け飛んだ。私は思わず吹き出しそうだったが、絶対に笑ってはいけない空気だったので我慢していた。宮坂もボタンが取れた音で我に返り、そのボタン二つを拾って返し「スマン」と小声でつぶやき、教壇に戻って授業を続けた。

 その後、授業を録音していた生徒のところにみんなで集まり、ボタンが「プチン!プチン!」と弾ける音を聞いて腹を抱えて笑った。彼の私塾ではそれどころではないほど過激な指導を行っているという噂もたくさん聞いたが(注・あくまでも噂です)、さすがに今は時代の流れに合わせてやり方も変えているだろう。そもそも、宮坂は私が浪人した時に通っていた予備校でも授業を持っていたが、高校での姿と予備校での姿はほぼ別人と呼べるほど違うものだった。彼が破天荒な人間であることは間違いないが、当時から暴れ度合いをTPOに合わせて調整していたのだ。おそらくほとんどの受験生は予備校での宮坂や彼の書いた参考書しか知らず、それで宮坂のイメージを形づくっているものと思われるが、私が二十数年前に高校で見た宮坂は(言えないこともあるものの)それらのイメージをはるかに凌駕するものだった、ということは伝えておきたい。

 それだけ大暴れして恐怖政治を敷いていた宮坂だったが、私たちの中で彼のことを嫌っている人間は──少なくとも私の知る限りでは──一人もいなかった。彼が日本の英語教育を何とかしたいと本気で思っていることは間違いなかったし、私たちの学力を真剣に引き上げたいと思っていることも痛いほど伝わってきた。その指導方法に問題がなかったかと聞かれれば、たぶんあったのだが、彼は私たちに信じるに足る姿を見せ、私たちにがむしゃらに頑張る気持ちを持たせることに成功していたのである。

 上位進学校の生徒というのは、はっきり言って教師をすぐにナメてしまう傾向がある。東大・京大・国公立医学部を目指しているのだから、教師がそれ以下の大学だと微妙な感じになるし、さらに教え方まで微妙だと「もうええってお前……」みたいな感じが教室中に充満する。私は中学時代とは違い高校ではわりと模範的な態度で授業を受けるタイプの生徒になっており、それほど「もうええって」感は出さなかったつもりだし、大体の先生のことは優秀だと思っていた。

 しかし、やはりそうではない生徒もそこそこいて、先生のことをイマイチだと判断すると授業中に勉強の内容でケンカを売る生徒もいたし、完全に捨てて寝る生徒もいたし、別の教科の内職をする生徒もいた。低偏差値のヤンキー校も当然荒れているのだが、実は上位進学校も別の意味で「荒れている」と言えるのだ。この事実は教師を志す方にも知っておいてもらいたい。受験に関係のない科目の先生はかなりかわいそうで、家庭科の先生などはあまりにもみんなが話を聞かないので、「お料理のこともわかったほうがモテますよぉ」とか「お裁縫ができる男性、素敵だと思いませんか?」とか、一生懸命興味を持たせようとしていたのだが、どうがんばっても全員青チャートをやってしまうのでしまいにはブチギレて、「これが本当に日本を背負って立つ人たちの姿なのでしょうか!? 先生は、あなたたちのような人間に国を任せたくはありません!!」と叫んでいたし、体育の水泳の時間、多くの生徒がズル休みで見学して英単語クイズに興じていたので、体育教師が「お前らみたいなもんはほんまもんのクソじゃ! クソみたいな人間はどんなええ大学行ってもクソのままじゃ!!」とキレ散らかしたこともあったし、音楽の時間には居眠りしている生徒が多すぎて廊下に立たされまくっていたし、居眠りや内職が度を越したために「お前、もうここで宇多田ヒカルのファーストラブ歌え! ファーストラブ!」と言われてマジで歌わされたやつもいた。

 そう、進学校の生徒というのはケンカが強い代わりに筆記試験が強い、精神的ヤンキーなのである。そうした荒くれ者どもをまとめるには、それなりの剛腕が必要になってくる。その点、宮坂はヤンキーをまとめるための抜群の腕とカリスマ性を兼ね備えていたのだ。

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新刊紹介

佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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