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鹿児島―東京3往復。かさむ交通費、されど豊か

やると決めて、えいっ! 豊かであれば、後悔はなし

――思い出を写真に残そうとする、その行為自体を大事にしたくなるというか。移住してそんな意識が出てきた気がします。昔から、そういう考えがあったんですか?

「昔は写真館なんて絶対嫌だって思ってたよ。俺はファッションでバリバリやるんだと。海外のカメラマンにも憧れたし、それでロンドンに渡って、東京に帰ってきて事務所にも入って……割と自分のなかではスムーズにいってたと思うんだよね。表紙も、撮りたいと思っていたものも撮れたし。でも、いざ飛び込んでみたファッションやったけど、やっぱり消耗することも多くて。クライアントから依頼がきて、女優さんやモデルさんの写真を撮って、それが広告とか雑誌に載るっていう仕事をしてきたでしょ? でも、クライアントというか、お客さんを直接撮影して、それで対価をもらって喜んでもらえるのもいいなと思うようになってきて」

――共感がすごい。同じような気持ちの人、結構いる気がしますけどね。

「みんな移住を考えることはあっても、いざ動くとなると、いろいろな理由があって難しいと思うのかもね。でも、やるって決めて、えいってやっちゃえば意外と何とかなると思うけどね。俺は、あの時ああしておけばよかったとだけは思いたくないかな」

――やらない後悔よりやる後悔かぁ。実際に移住してみて、後悔していることはありますか?

「後悔はまったくない(笑)! 唯一心配なのは、テレビに東京の風景が映ると、子どもが『東京に戻りたいなあ』って言うときがたまにあるのね。それで、ちょっと悲しい思いをさせてんのかなって思うときくらいかなあ。多分、あのまま東京にいても、何も変わらなかったと思うし。変わらないことをひたむきに続けていくことのすごさも十分理解してるんやけど、自分には合わないってことやね。変化を求めて少し刺激的なことをやるなら、引っ越しは一番手っ取り早いと思ってたし」

――じゃあ、今の生活には満足してるってことですよね。

「ただ、俺は東京に行ってるけど、奥さんも子どもも東京に行けるわけじゃないから、たまには息抜きでちょっと行きたいとは思うはずなのよね。そういう時は、天文館にでも行こうかって言うんやけど(笑)。移住してよかったんだと自分に言い聞かせるようなことはしたくないから、家族でも不満がでてきたらちゃんと言おうって話はしてるけど、俺自身は心の底からよかったと思ってるね」

――東京も少しずつ変わってきてますよね。

「今、東京も転出のほうが増えてるんでしょ?」

――ですです。とうとう来たって感じですよね。

「やっぱり、これだけ一極集中が続いたら、もうちょっとそうならないとね。個人レベルの移住もそうやけど、やっぱり企業もちらばってほしいなあ」

――雇用が増えないと、人も増えませんからね。それにしても、弦さんの行動力には脱帽です。もう鹿児島で仕事やってるし、私もいろいろ模索しないと!

「綾ちゃんは来たばっかりでしょ。俺も、ちょっとずつやと思ってる。東京の仕事をやりながら地域を耕すというか、今は準備期間だと思ってやってる感じかな。基本的には心が豊かになれば、それでいいしね。今はとにかく写真館をオープンさせないと。改装もいよいよ飽きてきたし(笑)」

 弦さんは、せっかくだからと、この部屋でポートレートを撮ってくれました。裏方根性が染みついているので、被写体になるのはこそばゆくもありましたが、こんな機会もないのでお言葉に甘えて撮影してもらいました。
 タマさんとフキくんが戻ってきて、親戚の家でもらったという梅の枝と、北海道産の牡蠣と、名前のわからない柑橘類をくれました。そして、電気代もプロパンガス代も上がったことを互いに嘆き、食品の安さを喜びました。
 自分の生まれ故郷をよく知っている人達だからか、話していて心地よく感じます。隣町とはいえ、仕事にしろプライベートにしろ、同じ状況にある人がいたのは幸運すぎる。
 遺影はsenpenbanca.で撮ってもらうことにしよう。お葬式で「随分若い時の写真を使ってんなあ」と言われないように、何年かに一度はアップデートしたほうがよさそうです。

 その夜、いただいた牡蠣を焼いて、名の知れぬ柑橘を絞って食べてみたら、これが最高でした。あぁ、多幸感が押し寄せる……食は快楽なり。
 毎日、美味しいものをお腹いっぱい食べて、楽しく働いて、ぐっすり眠る。豊かさとはこういうことだと思っていますが、なぜか多くの東京人は、食事を適当に済ませて、仕事でストレスを抱え、睡眠不足に悩まされているように見えます。それと引き換えに得られるお金で手に入れるものは、本当に自分を幸せにしてくれるものなのか、よくわからないのでした。
 じゃあ、私が実践できているかというと、まったくそんなことはなくて、鹿児島に移住しても睡眠不足の日は多々あります。それに、月々の固定費も増えている。でも、私は確実に豊かになっている。しない後悔より、する後悔。よし、大丈夫!

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

インスタグラム @id_aya

齋藤弦

1978年生まれ、京都府出身。フォトグラファー。成安造形大学卒業後、フォトグラファーとして関西を中心に活動する。2006年にロンドンに渡り、帰国後、東京をベースとして活動を開始。広告や雑誌を中心に、モードからカルチャーまで幅広く活躍中。数々の著名アーティストのポートレートも手掛け、業界から高い信頼を寄せられている。

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