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藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住」

東京のマンションから鹿児島の平屋へ、1000kmの大移動

15年間をともにした住まいに、笑顔でしばしのお別れを

 日に日に部屋の中が、段ボールで埋め尽くされていきます。
 割れ物には赤いテープ、すぐ使う物には黄色いテープを貼るように指定されていて、食器類にはクッションがあらかじめ取り付けられた専用のボックスがあります。クローゼットのラックにかかった服とクリアケースはそのまま持っていってもらえるそうで助かりました。
 段ボールに囲まれながら仕事をして、気分転換に荷物を詰める日々が続きます。毎年、不要なものは処分しているはずなのに、43年分の蓄積は想像を遥かに超えていました。懐かしいものが出てきても感傷に浸る余裕などなく、淡々と事務的に荷物を詰め込んでいきます。

 そんななか、友達が送別会をたくさん開いてくれました。時期が時期だったので、ランチやZOOMで近況報告をしました。
 中高の友達、サークル時代の友達、飲み友達、古巣の出版社時代の先輩、仕事仲間、学生時代のバイト友達……、移住を知った人たちが次々に連絡をくれました。いくら忙しくても全部行くと決めて、新たな門出を祝ってもらうことに。
 久しぶりに会う友人もいましたが、時間が空いても毎週会っていたかのように話が弾みます。ひとつひとつの出会いがあって今に至っているんだなあとしみじみ実感しました。私に会いたいと言ってくれる人の存在がただただ有り難く、これからもこの縁を大事にしようと思いました。

 東京から鹿児島への引越しは2泊3日。飛行機なら2時間。
 荷物がなくなったと同時に鹿児島に飛んで、ホテルかゲストハウスで待機しても構いませんが、せっかくなら間の1日を別の場所で過ごすことにしました。
 植田正治の写真を観て以来、一度は行こうと思っていた鳥取砂丘を思いつきましたが、友人が雲仙の小浜温泉にあるBEARDというレストランを絶賛していたことを思い出し、有限であるお店を優先することにしました。
 家にいてもできることがどんどん増えていきますが、その味を堪能するには現地に飛ぶしかありません。同じ九州といっても、雲仙へ行くには長崎空港からバスで1時間半。雲仙から国分駅まではバスと電車を乗り継いで5時間。
 以前、長崎へ出張した際、延泊して雲仙の温泉に行ったことがあって、とてもいいお湯だったのでもう一度と思っていましたが、どうやらそんな時間はないようです。

 いよいよ引越しの前日。私は終わらぬ荷物整理に四苦八苦していました。友人の予想通り、最終的な分別は後回しで、とにかく詰め終わればいいと何でもかんでも段ボールに放り込む形になりました。
 あと1時間で引越し屋さんが来るというところで、どうにか事を終えました。うつらうつらしているとチャイムが響きます。
 玄関に向かうと元気で明るい印象の男女ふたりが待っていました。冷蔵庫も洗濯機もあるのに大丈夫かなあと思いましたが、見守ることしかできません。
 もちろんそこはプロの技で、あれよあれよと部屋から段ボールが消えていきます。すべての荷物が運び出され、支払いが終わり、ふたりの若者と私の荷物は旅立っていきました。
 残されたのは、わずかな荷物と私だけ。まだ数年しか住んでいない部屋だけど、マンションでいえば、かれこれ15年近くをともにしてきました。段ボールに埋め尽くされていた状態から一転、伽藍堂になった部屋を見渡して、この家を売らなくて本当に良かったと思いました。これでお別れなんて寂しすぎる。いずれ人に貸すにしろ、また戻ってこられるから、「行ってきます」と言うことができます。
 さあ、新たな人生の旅のはじまり。その前に、まずは雲仙へ。愛すべき我が家よ、行ってきます!

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

インスタグラム @id_aya

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