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藤原綾「女フリーランス・バツイチ・子なし 42歳からのシングル移住」

男はいなくても家がある。43歳のバースデー

いつかは誰もいなくなる憧れのマイホーム

 一か月後、久保さんから整備された畑と、清掃後の室内の写真が送られてきました。
 畑は雑草だらけでまるで見えなかった地面が姿を現し、倒木はきれいになくなっています。
 生きている木は残してほしいと伝えてあって、点々と5本の木が立っているだけ。バーネットの『秘密の花園』がふわりと浮かびます。ツタだらけの扉の向こうに広がる美しい庭園。ディコンは横にいないけれど、このだだっ広い整地に私だけの秘密の花園を作るのだ。
 室内は畳があげられていて、板の間が顔を出していました。サザエさんの家は窓だらけで、壁を取っ払って一部屋にすることを考えると、カーテンを先に買っておかなければ外から丸見えです。照明もまったく数が足りません。
 今住んでいる家のものを全部持っていけば生活は成り立ちますが、広さが倍以上になることを考えると家具は揃えたいし、大好きなウィリアム・モリスの壁紙も3種類は貼りたい。デスクは庭が見える窓に向けて置きたいし、仏間は本棚として活用したい。
 モノがすっかりなくなった部屋を見て、予算そっちのけで妄想がむくむくと膨らんでいきました。

 恐らく私は相当面倒くさい客で、事細かくああしたいこうしたいと要望を並べ連ねました。業者の方も、普段は一般的な導線を確保した住宅を作ることがほとんどだそうで、最初は私がやりたいことが訳わからない様子でしたが、徐々に理解が深まっていくのを感じました。
 少しずれると意味をなくす総柄の壁紙を貼ることが稀らしく、クロス職人さんが腕を鳴らしていると聞いて、私の心も弾みます。日々送られてくるリフォームの進捗動画が、お任せにできない私の密かな楽しみでした。
 予算との兼ね合いで提案してもらった床材は3種類で、どれを選んでも妥協でしかなく、どうしても選ぶことができませんでした。申し訳ないと思いつつ、壁紙と床材だけは自分で発注させてもらうことにしました。
 花梨は高くて手が出ませんが、ケンパス材なら予算の範囲内。赤みがあるブラウンで、だんだんと深みが増していく理想的な経年変化です。木材の価格が急騰している折だったので、東京の下町にある材木屋さんに急いで発注をかけました。
 夢のマイホームづくりは、その名の通り夢にあふれていて、毎日ワクワクが止まりません。

 私が6歳のとき、父は家を建てました。ちょうどバブルが始まった頃で、私が小学校に上がるタイミングでした。
 今思えば、壁紙や家具はすべて母が選んだのでしょう。インテリアなどまるで興味のない父と、育ち盛りの子ども2人によって、その理想が叶うことはなかったかもしれませんが、母なりのこだわりがたくさんあったことを大人になって知りました。
 新築の匂い、2階へと続く階段、自分の部屋。今ではもう誰もいない家。
 この鹿児島の家も、いつかは誰もいなくなる。だったらと刹那的に生きることは簡単だけど、面白くもなんともない。人の死は突然やってくることを知っているからこそ、いずれ訪れるその日まで、せっせと巣作りに励もうじゃないか。
 そのためにも、引っ越しの前にもう一度、鹿児島に飛ばねばなりません。カーテンのサイズに壁紙に合わせたペンキの色、コンセントの位置に洗面台の高さ、実際に見て決めたいことも決めなければならないこともまだまだ山のようにあります。
 今年に入ってもう何度目かわからない鹿児島へのフライトが、私の日常に組み込まれようとしていました。

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

インスタグラム @id_aya

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