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日本酒美容法で体の芯からポッカポカ! 幾夜も酒に溺れ、人生を狂わされた男がようやくたどり着いた“お酒とのおいしい付き合い方”

 菊正宗の風呂に肩までつかり、物思いに耽る。
 思えば、我が家は酒に呪われた家系である。恥ずかしい話だが、私の祖父と父は、お酒が原因で警察の御用にまでなってしまった。あいつらみたいにはなるまいと思いつつも、体に色濃く流れる酒好きの血にはあらがえようもなく、若くして私も酒を愛し、そして酒に溺れていく。
 大学時代の飲み会では、記憶を失くすことなんてしょっちゅうで、「世界で一番強いのはプロレスなんだよ!」と絶叫しながら極真空手部の部室に全裸で殴り込みをかけたこともあれば、飲み会の翌朝目覚めると、路上で一夜を明かした私の隣に見知らぬ女性……ではなくてバス停が添い寝をしてくれていたこともある。おそらく酔った勢いで私が押し倒したのだろう。しかもどういうわけか、そのバス停には女性用の衣服が着せられていた。バス停との熱いワンナイトラブはいくら思い出したくても思い出せない。いや思い出さない方がいい。

 以上のように、お酒に関する失敗談は枚挙にいとまがなく、私の暴れっぷりを伝え聞いた祖母は「親子三代でお酒で手錠をかけられるところなんて見とうない!」とおいおいと泣き崩れる始末。そんな祖母を見て、生粋のお婆ちゃん子だった私は「せめてお婆ちゃんが死ぬまでは、酒を飲みすぎないようにしよう」と心に強く誓ったのであった。
 あれから二十年ばかり、祖母はまだまだ健在で、今年で御年九十九歳を迎える。いつになれば私は、心ゆくまでお酒を飲むことができるのだろう。婆ちゃん、ちょっとは空気読んでくれと半分本気で思っていたところ、どうやら私は、お酒との新しい付き合い方を見つけてしまったようだ。
 婆ちゃんよ、あなたの孫はお酒を飲むんじゃなくて、お酒で綺麗になることを覚えました。孫の代にして、ようやく我が家はお酒の呪いに打ち勝つことができそうです。

 話がさらに横道に逸れて申し訳ないが、お酒にだらしがない人は、YouTubeにて、日本酒ができるまでの工程を追った動画をぜひ見て欲しい。杜氏さんたちがどういう思いを込めて、どれだけ手間暇かけて極上の日本酒を作っているのかを記録した素晴らしい映像である。これを見ても、あなたは杜氏さんたちに言えるのか。
「お酒を飲んでたので何も覚えてません」
「お酒の勢いを借りて好きな子に告白しちゃいました」
「お酒の席なんで無礼講でしたし……」
 この動画の杜氏さんたちの澄んだ目を見ても、おまえらはまだそんなことが言えるのか。お酒の力を借りた愛の告白なんて本当の愛の告白じゃない。大人なら、喫茶ルノアールで食後に出される熱いお茶を飲み干して告白しろ!
 どれだけみっともなく酔っぱらってもいいじゃないか。酒の席での失敗をお酒のせいにしなければいい。本当に好きなものを言い訳に使ってはいけないのだ。ただ飲んで、気持ちよく酔っぱらう、それが「お酒を嗜む」ってことじゃないのか。

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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