よみタイ

自分のにおいを知る旅に出た男が見つけた、素敵な体臭を手に入れるたった一つの冴えたやり方

 体重は激減、肌はスベスベ、おまけに新しい恋人まで……と、ちょっと調子に乗っていた私は、実は最近、大学生のとき以来となる香水までつけ始めていた。
 大相撲の力士がまげを結うときに使う鬢付びんつけ油の甘い香りを模した「力士」という名の香水が一番のお気に入りである。
 ぽっちゃり体型の自分にはちょっとした皮肉も合わさって、お似合いの香水ではないか。そう思って愛用していたが、どうやら私は、樹海の中で哀れな独り相撲を取っていただけのようだ。

「臭いか臭くないかなら、自分は臭い方の人間である」という揺るがない事実を知った途端、昔付き合っていた恋人たちに無性に連絡を取りたくなった。よりを戻したいとかそんなゲスな話ではない。
 単純に知りたい。いや、どうか教えて欲しい。私は昔から臭かったのだろうか。彼女たちは私のにおいに我慢して付き合ってくれていたのだろうか。
 恋愛下手のボンクラ男が、なぜ自分は恋愛を成就できないのか、その理由を知るために、今までのガールフレンドたちに自分をフッた理由を聞いて回る映画『ハイ・フィデリティ』の主人公のように、私は自分と関係を持った女性たちにLINEを送信していた。

「久しぶり、元気にしてる? いきなりだけど正直に教えて欲しい。付き合ってたときなんだけど、俺って臭かった?」

 大学生のときに付き合った人生初めての彼女。
「少し臭かったけど、お香のにおいみたいで私は好きだったよ」
 この子は家族ぐるみで怪しいカルト宗教を信仰していた関係で、体からいつも線香のにおいを漂わせていた。そんな彼女だからこそ、私のにおいにも耐えられたのかもしれない。

 七年間同棲した彼女にも連絡を取ってみる。
「アタシが言えたことじゃないけど、そこそこ臭かったよ。ま、あの頃は生きるのに精一杯だったし、臭いもん同士で仲良くやれてたよね」
 お風呂に入るのがとにかく大嫌いだった彼女。一週間風呂に入っていない彼女の体から香り立つチーズのような熟成されたスメルが私は大好きだった。チーズは大の苦手なのに、そのにおいだけは大好きだった。このにおいを受け止められる男はこの世に自分しかいないんだと悦に浸っていた。でもそんな私自身も結構臭かったというのだから面白い。性格や体なんかじゃなくて、においの相性がよかったから、私たちは一緒にいられたのかもしれない。

「あなたは臭かったよ」
 今まで関係を持った女たちが口をそろえてそう言った。過去の思い出を必要以上に美化して生きている私にとって、なかなかに辛い現実ではある。
 だが、それと同時に、正直に答えてくれた彼女達への感謝と、素直な気持ちを言い合えるようになった今の関係が嬉しくもある。本当にありがとう。ずっと臭くてごめんなさい。

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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