よみタイ

1年間で30キロ痩せた男が夢見る、ちょっと素敵な未来のお話

 日課としている散歩の途中、近所の公園のベンチに腰掛ける。うららかな陽気に包まれた見慣れた公園の風景。目の前を通りかかる小学生の群れ。私のことをゴブリンと呼んでいる子供たちだ。

 多少見てくれがよくなった今の私なら大丈夫かもしれない。一抹の不安を感じながらも、私は勇気を出して挨拶をする。

「こんにちは」

 いつもは物言わぬゴブリンが、突然人間と異文化交流を図ろうとしてきたことに驚き、一瞬皆で顔を見合わせるも「こんにちは~!」と子供たちは快活な声を返してくれた。

 私がもっと太っていたときに声をかけても、おそらく子供たちは同じような対応をしてくれたに違いない。
 いや、返事をしてもらえたことが嬉しいんじゃない。子供たちに声をかけても恥ずかしくないと思えるぐらいに、今の自分に自信を持てたことの方が嬉しい。
 私にとっての「美容」とは、美しくなることが目的ではなく、少しでも自分に自信を持って生きていくための生存手段なのである。

 喜びを噛みしめる私の様子を見て、隣に腰かけている女性が「何で感極まってんの?」とケラケラと笑う。
 可愛い可愛い私の恋人だ。
 年齢が近いこともあり、元々仲の良い友人であったが、美容や健康に関する相談事をしているうちに距離が縮まり、トントン拍子でお付き合いをすることになった。

 久しぶりに彼女ができたことで、私にも心境の変化があった。
 自分のためにではなく、大切な人のためにもう少しだけマシな男になりたい。もうちょっとだけ可愛くなりたい。この人と少しでも長く一緒にいられるように健康になりたい。
 今のままの私を肯定し、受け止めてもらうのではなく、変わっていく私を傍で見守っていてほしい。
 所詮人生は出たとこ勝負、好きなことだけやって、好きなものを腹いっぱい食べ、そして野垂れ死んだときこそが己の寿命。そう信じて生きてきた私にとって、それは今まで経験したことのない大きな大きな挑戦である。
 さあ、大冒険のはじまりだ。

 遠くからこちらを指差し「あれってゴブリンの彼女じゃない? メスゴブリンだ!」と騒ぎ立てる子供たちに二人して苦笑しながら、恋するゴブリンは景気づけにルイボスティーをグイッと飲み干すのであった。

(イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は1月8日(日)21時配信予定です。お楽しみに!

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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