2020.9.28
「マスコミ=マスゴミ」「選挙や政治は難しい」と思う人にこそ絶対観てほしい映画『はりぼて』
この映画を観たら簡単に「マスゴミ」などという言葉は使えなくなる
選挙や政治に関心がないという人に、ぜひ観てほしいドキュメンタリー映画がある。
タイトルは『はりぼて』(監督:五百旗頭幸男 砂沢智史/配給:彩プロ)。詳しくは「映画を観て」と言うしかないが、それだけではあまりにも不親切だろう。これから全国展開する映画のため、作品の迷惑にならない程度で概要を書いてみたい。
簡単に紹介すると、富山市に本拠を置くTBS系列の民放局「チューリップテレビ」の記者たちが、富山市議会で起きた政務活動費の不正利用を調査報道で暴いていく作品だ。
不正を追及する裏には、記者たちによる気の遠くなるような調査があった。そこも含めて神経がヒリヒリするような攻防が描かれているのだが、これは業界の外にいる人たちにはなかなか伝わらない。だから世の中には簡単に「記者の言うことは信じられない」「マスゴミ」と罵る声が出てくる。
しかし、実際に記者たちはいい加減なことを言ったり書いたりしているわけではない。それを世間の人に知らせるためにも、取材から報道までの内幕を公開したことには大きな意味がある。この映画を観たら簡単に「マスゴミ」などという言葉は使えなくなるだろう。
定数40の富山市議会のうち不正で辞職した議員は半年で14人
地道な調査報道で得た事実を突きつけられた当該議員たちは、様々な対応を取る。多くの者は不正を認め、議員の職を辞した。当時の富山市議会の定数は40だったが、不正を認めて辞職した議員は7ヶ月で14人にものぼる。小さなテレビ局が放った、文句のつけようがない大スクープだった。
一方、返金することで議員辞職を選ばなかった者もいれば、返金せずに裁判で争う者もいる。不正流用とは全く別の事件で4度の議員勧告決議案を可決されても職にとどまる議員もいる。市議会を舞台に単純な「善悪」を描いた映画ではなく、現代社会に生きる人間の営みまでもが描かれている。
私はこの映画を劇場で2回観た。
その上で言う。100分間、映画館の椅子に座り続ける価値が十分ある。まだ観ていない人がいれば、一緒に観に行きたいとさえ思う。
声を上げて笑える。大きく膨らんでいた風船が、報道をきっかけに一気にしぼんでいく様子もカメラは残酷にとらえる。そして、「これでいいのか」という感情を湧き上がらせる。とにかく、観た後にはさまざまな感想を語り合いたくなる映画だ。
映画の冒頭にも字幕が出る通り、富山県の有権者に占める自民党員の割合は「3.44%」で「10年連続全国トップ」。富山県は文字通りの「保守王国」だ。問題発覚前の富山市議会では、そのうちの7割を自民党議員が占めていた。
映画に登場する市議たちは威風堂々。いかにも「政治家」という雰囲気を漂わせていた。
しかし、取材班があぶり出した事実を前に、外向きの顔は一瞬で崩れ落ちる。その中身はなんであったのか。コミカルなテーマ曲とともに、「はりぼて」という言葉が何度も頭に浮かぶ。不正をしていたのは自民党だけでなく、民進党系の議員もいた。
この原稿を書いているうちに、映画の中のいろんなシーンが思い出される。はやくこの感覚をみなさんと共有したい。
とくに「政治は難しいもの」と考えて距離をおいてしまう人たちに強くおすすめしたい。政治はエリートだけがやるものではなく、人間がやるものだということがよくわかる。「有権者のレベルを超える政治家は出ない」という言葉の意味も再認識できるだろう。
政治家による政務活動費の不正流用は富山市議会だけの問題ではない。過去にも全国各地でたびたび話題になってきた。その度に有権者は「けしからん」と怒りの声を挙げてきた。それでもまたどこかで同じような不正が起きてしまう。
なぜか。
一番の問題は、「政治という業界」における「競技人口の少なさ」だ。
有権者はたくさんいる。しかし、直近の国政選挙である参院選では、ついに投票率が50%を切った。政治や選挙に関わるのは選挙のときだけで、日常的に政治に関心を持つ人が少ない。そのため業界全体のレベルが上がらない。そんななか、継続的に報道を続けた記者たちには最大限の敬意を払いたい。
民間企業であれば「こんな領収書は通るはずがない」というような領収書が提出され、そこに税金が支出されてきたのだ。そして、それを誰もが今まで見過ごしてきた。
もし、自分の自治体でこんな問題が起きたら、たぶんみなさんも怒ると思う。調べたら出てくるかも知れない。でも、関心を持って調べる人は圧倒的に少ない。
チューリップテレビによる「政務活動費をめぐる調査報道」は、日本記者クラブ賞特別賞、ギャラクシー賞報道活動部門大賞、菊池寛賞など、高い評価を得た。これから映画を見る人は、2017年5月に出た書籍『富山市議はなぜ14人も辞めたのか 政務活動費の闇を追う』(チューリップテレビ取材班・岩波書店)もあわせて読んでもらいたい。
読んでから映画を観ると、それぞれのシーンが持つ意味がストンと腑に落ちる。映画は同書をもとに、その後3年間の取材を重ねてさらに面白いことになっている。
そして、映画の最後には、書籍にもなかった「どんでん返し」がある。メディアの側が抱えている問題点も垣間見える。
普通なら自分たちは安全地帯に立ってそこまで描かないはずだ。しかし、『はりぼて』は「報じる側の内幕」も容赦なく(少し忖度はあると思う)描いたことで、今の日本をとてもよく表す良作に仕上がっている。