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地獄の沙汰は人間次第──井原西鶴『世間胸算用』にみる銭金事情

めでたい祝福というよりもなんともいえない切なさを感じる

 そして本作で私が最も好きな箇所は巻五の四「長久の江戸棚」、本書の最後だ。ここでは全国から物も金も溢れるほど集まって賑やかな江戸の年末模様が語られるのだが、その最後はこう締められる。

 金銀ほど世に辛労いたすものは、ほかになし。これほど世界に多き物なれども、小判一両持たずに、江戸にも年をとるものあり。(中略)なほ常盤橋ときはばしの朝日かげ、豊かに、静かに、万民の身に照りそひ、くもらぬ春にあへり。

 お金それ自体は溢れるほど存在しているはずのに、人々にあまねく行き渡らず、こんな華やかな都市部の影でお金を持たずに年を越す人がいるという、身も蓋もない現実。しかしそんな人間世界の格差など関係なく、江戸の常盤橋に降り注ぐ正月の朝日の美しさ。富める者にも貧しい者にも狡猾な者にも迂闊な者にも、津々浦々に等しく豊かな春が訪れる……物語の最後を何かしらめでたいフレーズで締めるのは当時の常套手段だが、この濃いコントラストに、私はめでたい祝福というよりもなんともいえない切なさを感じる。

 本書は「世の中お金じゃない」なんてきれいごとも、「お金がすべて」なんてさもしいこともここには書いていない。金持ち=悪というナイーヴな思想もなく、虚栄心への指摘が目立つ。どんな人にも一円は一円であるように、お金は公平で平等で、それを扱う人間とその社会が不公平・不平等を生むのだ。そんなことを書きながら、スマホの投資信託アプリでレバナス(*3)のしょっぱい成績にガチホ(*4)する手を震わせながら、ぐっと冷えた一月の朝を迎えた。

【注釈】
(*1)維新以前の観柳の身分は作中明らかにされていないが、「こちとら生まれた時から貧乏人! 明治になっても貧乏人! 時代が変わっても貧乏が変わらねえなら金を稼ぐ他仕様が無えだろうが!!」とあり、生活に大変困窮していたことは明示されている。また『特筆版』下巻収録「キネマ版」の彼のセリフに「侍! 士族! 剣客! 昔から私は大大大嫌いなのだよ!(中略)士農工商くそくらえ! 四民平等万々歳!」とあり、北海道編での敵の「商人が稼いで武人が使う。これこそ中世武家社会の続く由緒正しき金の作法」という言葉に憤怒し、「持たざる者」の生まれに劣等感を抱いているところから、少なくとも武家出身ではないと推測しても差し支えないだろう。

(*2)厚生労働省『令和2年賃金構造基本統計』の一般労働者・学歴別統計では、全世代対象の調査で男性の平均年収は高卒295万円、大卒は391万9000円、大学院卒は465万2000円。女性は高卒218万、大学288万3000円、大学院卒は404万3000円とあり、共に最終学歴が上がるほど年収が上がる傾向になることがわかる。ただし、これは因果ではなく相関関係であることに注意。

(*3)NASDAQ100のレバレッジ型(先物取引を活用した)投資信託。2022年1月現在、大和アセットマネジメント「iFreeレバレッジNASDAQ100」と、楽天証券の「楽天レバレッジNASDAQ-100」がある。NASDAQ100指数の値動きに対し、2〜3倍近くの基準評価の値動きが起こる。そんなハイリスク・ハイリターンなファンドを支持する「レバナス民」は、投資界隈で日々チキンレースを繰り広げている。私は分散投資しているので、レバナス民ではない。

(*4)「ガチでホールド」の略で、金融商品や仮想通貨の長期保有を指す。

【参考文献】
金井寅之助・松原秀江校註『新潮日本古典集成 世間胸算用』(新潮社 1990)
和月伸宏『るろうに剣心――明治剣客浪漫譚・北海道編』第五巻(集英社 2020)
同上 第六巻(集英社 2021)
和月伸宏『るろうに剣心 ―特筆版―』下巻(集英社 2013)
安国良一「三貨制度の成立――貨幣統合の近世的かたち」(『にちぎん』No.13 P.24〜27日本銀行 2003)

 連載第5回は2/22(火)公開予定です。

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児玉雨子

こだま・あめこ
1993年神奈川県生まれ。作詞家、作家。明治大学大学院文学研究科修士課程修了。アイドル、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に幅広く作詞提供。著書に『誰にも奪われたくない/凸撃』(河出書房新社)。

Twitter @kodamameko

(写真:玉井美世子)

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