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演劇もライブも。手を伸ばせば客に触れられる、目線が伝わる距離を選び続けるKERAの“ナゴム魂”

ちまちましたところで小さく小さくつながっていく面白さを学んだ学生時代

 ステージ上の演者から客席の一人ひとりへ“目線が伝わる距離”には、一体何があるのか。そしてKERAはなぜ、その距離感が好きなのだろうか。

「映画学校に通いながら、バンドや、演劇、映画との間をふらふらしていたあの頃、世の中には得体の知れない小さなイベントがたくさんありました。雑誌の『ぴあ』に告知が載っていても情報は少なくて、問い合わせ先に電話しても出ないから、会場にとりあえず行ってみる。すると、本当に変なものばっかりで(笑)。よくわからない外国人が作った自主制作SF映画を延々と観させられたりとか(笑)。客もあまり不審がらずに観るんですよ。終わってから『気に入った』って伝えると、サントラが入ってるカセットテープをくれたりして。自分の血の中には、そんなものから受けた影響が脈々と存在し続けているんです」

 若い頃に体験した、ごく小規模でマニアックな自主イベント。そういうものへの興味やこだわりを、ある時点でスパッと切り捨てる人が多いなか、KERAはどうしてもそれができないのだと言う。

「例えば今日、たった10人くらいの観客と体験したことが、来月や来年、あるいは10年後、自分がやることにつながるかもしれない。今、犬山(イヌコ)と隔月でやってる『INU-KERA』というイベントは、ただ駄弁を繰り返してるだけのトークライブですけど、その中でゲストと交わしたちょっとした話が、ある作品に結実したりします。ちまちましたところで、小さく小さくつながってるっていうことに面白みを感じる。それは、“インディーズ魂”というより、“ナゴム魂”と呼ぶべきものなのかもしれませんね」

ファンと同じ目線で、同じ時代に生きられたことが嬉しい

 1982年にニューウェイヴバンド・有頂天を結成し、翌年にはインディーズ・レーベル「ナゴムレコード」を立ち上げたKERA。だが当初の有頂天はまったく注目されず、1984年には目黒のライブハウス・鹿鳴館で、観客動員ゼロという記録を打ち立てる。
 前回綴ったように、その翌年にはNHKのドキュメンタリー番組出演を契機に風向きがガラッと変わり、有頂天、KERA、そしてナゴムレコードは一気にブレイク状態になっていくのだが、当時から応援し続けるファンに対して、KERAは今どんな思いを持っているのだろうか。

「昔から来てくれている人には、本当に感謝してます。“〇〇しかない”っていう言い方は、今風であまり使いたくないんですけど、本当に『感謝しかない』と言うしかないんです(笑)。手を伸ばせば触れられる距離、顔が見える距離にずっといてくれたから、できたことがたくさんあるし、その人たちのことを思ってジャッジしてきたこともたくさんある。この人たちを裏切れるかと言い張ってエライ人たちとケンカもいっぱいしたし。『いくら積まれたって、あの人たちを裏切れるわけないじゃん』みたいなね。
『もっと大人になれ。みんな割り切って売れていくんだ』みたいなことも散々言われましたけど、裏切ることができると思われていることの方が心外で。我々がまだ何者でもなかった頃から自分の価値観で見てくれていた10人とか20人の方たち。入れ替わったり、一回引っ込んでまた戻ってきたりもしているんでしょうけど、そういう、一緒に腹を立ててくれたり楽しんでくれたりした人たちに、僕は助けられてきたんだと思うんです。『同じ時代に生きていられて(嬉しい)』って言ってもらうこともありますけど、『こちらこそ!』っていう気持ちです。ただし、それと同時に無理強いもしたくない気持ちもあるんですよ。『若い頃には来てくれたのに、なんで来なくなったんだよ』って言っても、みんな事情があるしね。みんなそれぞれの人生があるから。物価高もすごいしさ(笑)」

 だから、無理やり手を引っ張りたくはない。だけど「冷静に考えてもらったら、ある程度の人が選んでくれるという自信は相変わらずある」と語るKERA。

 そして今、有頂天のライブで客席を見回せば、昔からのファンは少なくない。一方、ティーンエイジャーと思しき若い客もちらほらと混じる。中には、親から聴かされて好きになった人もいるのだろうし、ネットを駆使してレジェンドバンドである有頂天とKERAのことを自力で発掘した人もいるのだろう。
 そうした若いファンに対してはどんな思いなのだろうか。

「時代に関係なく、若い子には来てほしいです。こういうヘンテコリンなものが好きな人とか、今の時代にないニオイを求める人って必ずいるんだろうけど、そうした層こにはまだ全然行き届いてないのかなって思います。情報って継続しないから、ケラリーノ・サンドロヴィッチはKERAだったのか!?って、今さら気づく人も随時いますし(笑)。だから、何のきっかけでもいいので、興味を持ってライブにきてくれたり演劇を観てくれたりしたらと思います。そういう若い子に届くといいなと、ずっと思っていますけどね」

以下、最終回へ続く。6月1日配信予定です。お楽しみに!

【プロフィール】
ケラリーノ・サンドロヴィッチ/1963年1月3日生まれ。東京都出身。
ナイロン100℃主宰。劇作家・演出家・音楽家・映画監督など多方面で活躍。
1982年、ニューウェイヴバンド「有頂天」を結成。インディーズ・レーベル「ナゴムレコード」を立ち上げ、70を超えるレコード・CDをプロデュースする。
1985年に「劇団健康」を旗揚げ、演劇活動を開始。1992年解散、1993年に「ナイロン100℃」を始動。1999年『フローズン・ビーチ』で第43回岸田國士戯曲賞を受賞。

音楽活動ではソロ活動のほか、2013年に鈴木慶一とのユニット「No Lie-Sense」を結成、ナゴムレコード設立30周年を機に鈴木氏と共同で新生ナゴムレコードをスタート。2014年に再結成されたバンド「有頂天」や、「KERA & Broken Flowers」、「No Lie-Sense」などでボーカルを務める。2018年(平成30年)秋に紫綬褒章を受章。

公式ツイッター:@kerasand
有頂天オフィシャルHP

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新刊紹介

佐藤誠二朗

さとう・せいじろう●児童書出版社を経て宝島社へ入社。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わる。2000~2009年は「smart」編集長。2010年に独立し、フリーの編集者、ライターとしてファッション、カルチャーから健康、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動を行う。初の書き下ろし著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』はメンズストリートスタイルへのこだわりと愛が溢れる力作で、業界を問わず話題を呼び、ロングセラーに。他『オフィシャル・サブカル・ハンドブック』『日本懐かしスニーカー大全』『ビジネス着こなしの教科書』『ベストドレッサー・スタイルブック』『DROPtokyo 2007-2017』『ボンちゃんがいく☆』など、編集・著作物多数。

ツイッター@satoseijiro

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