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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」

40代とは違う50代の困難ー初老の本当の恐ろしさとは

 このようなフィジカル面での変化を様々なシチュエーションで感じつつも、メンタル面の動きを自分で完全にコントロールができなくなっていることに焦りを感じているのだ。これは、怒りっぽくなってしまうとか、すぐに悲しくなってしまうとか、落ち込んでしまってなかなか元気にならないとか、そういうことではない。私自身は、むしろ表に出る種類の感情は常に凪で、超安定と言われることが多い人間だ。それは自分でもそう思う。そうではなくて、様々なシチュエーションにおいて、自分が平気で暴走する傾向にあることが怖いのだ。「平気」がキーワードだ。ダメだとわかっているのに暴走し、暴走し続けることを厭わない瞬間がある。これはもう、確かにある。もういいや、最後まで行ってしまえと私を挑発する初老の私が頭のなかで常に座って緑茶を飲んでいるくらい、どっしり居座って動かない。どうせ中年だし、恥ずかしいなんて言ってられないわと投げやりになるところに、50代の本当の恐ろしさがある。卑屈な目をして「テヘヘ」と笑い、自分の過ちを誤魔化そうとする自分を想像できる。大いに反省したいと思う。再び、自分で自分をコントロールできるようになっていきたい。いわば、心の筋トレが必要だ。

 どんな局面においても、重い諦めがぎっしり詰まった「もういいや」が出てきてしまう今、私に必要なのはなんだろう。不甲斐ない自分が嫌になるが、どうにか仕切り直したい。先日そんな話を息子の通う塾の塾長としていたら、彼曰く、「人生は暗示」なのだそうだ。彼も日々、あまりの疲労にやる気を失ったり、諦めてしまえという言葉がつい出るときがあるそうで、そんなときは心のなかで、「俺って最高、俺ってかっこいい!」と唱えるのだそうだ。そう言いながら塾長は爆笑していたが、私も爆笑してしまった。「何かひとつ、これというものを心に持っているのっていいですよ!」と、明るい表情で言っていた塾長。確かにそうかもしれない。それにしてもいい人だ。私も何かひとつ、呪文を持つべきなのだろう。自分を見失わない呪文を。

 さて、50代の困難に我を失っている私が愛読するのは柘植文の『中年画報』シリーズだ。著者がどのように40代を生きてきたかがよくわかるコミックエッセイで、その淡々とした面白さはクセになる。このシリーズの価値は、きっと著者は50代になっても変わらず泳ぎ切っていくだろうと思わせる不思議なパワーの部分で、そこが何よりも安心で心地よい。みっちりと詰まったページがコミックエッセイ好きにはたまらない。開いた瞬間、コーヒー片手にゆったりとソファに座り、時間をかけて隅々まで楽しみたい一冊だとすぐにわかる。
 シリーズものとはいえ、どこから読んでも楽しめる。なんだかんだ言いつつ、楽しく年齢を重ねる人は、一人で動くのが上手であるということがよくわかる。

 今回読んだのは『中年女子画報~ためらいの48歳~』で、冒頭に引用されているチェーホフの「今はあたしを、そっとしておいてちょうだい。だって、空想してるんですもの」がいきなり笑わせる。

 ほんと、そっとしておいてちょうだい。

『中年女子画報~ためらいの48歳~』(柘植文著/2021年7月/竹書房)
『中年女子画報~ためらいの48歳~』(柘植文著/2021年7月/竹書房)
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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。

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