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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」

オーディオブックがもたらす想定外の効果-聴く物語が伝えてくれるのは

 こうなったら最終手段だと、寝室にスマートスピーカーを持ち込んで、横になりながら聴いてみた。するとどうだ。とてもよく眠ることができてしまう。決して退屈なのではない。プロのナレーターによる朗読は、耳に大変心地よく、最高のリラクゼーションなのだ。目をつぶって物語を追えば追うほど、抗えないほどの眠気がおきる。そして、昼間からぐっすりと眠ってしまう。でも、不思議と嫌な気持ちはしない。物語もしっかり記憶できている。なるほど、これはいいかもしれない。これもひとつの聴き方であると納得した。寝室で横になりながら、気長に一冊を聴き終えるなんて贅沢だ。何度か寝てはしまうけれど、寝たあとは仕事が捗るし、物語はいつでも私を待っていてくれる。いつの間にか、ナレーター読み(好きなナレーターさんの読んだ作品を選ぶ)までするようになった。

 そして私には、オーディオブックがどうしても必要なもうひとつの理由がある。今となっては、翻訳作業になくてはならないものになっているのだ。他の翻訳家がどのように仕事を進めるのか私にはわからないが、私は訳稿ができあがると、何度も何度も原書とつきあわせてチェックを重ねる。自分の力だけでは逆立ちしてもピックアップできない見過ごしや誤訳は必ずある。それが怖くて真っ青になりながら、時間が許す限り目を皿のようにして見る。もちろん編集者や校正者のお世話にもなる。自分では本当に頑張っているつもりなのに、時々、地面を深く掘り、そこに自分を埋めたくなるほど恥ずかしいミスが発生する。それを可能な限り回避するために、震えながら自分の原稿をチェックするわけだが、最後のほうには息も絶え絶え、目で文字列を追っても、ミミズにしか見えなくなってくる。

 そんなときのオーディオブックだ。目が使い物にならなくなる段階まで到達したら、原書のオーディオブックを聴く。ふむふむ、そうそう、そういう内容で間違いない……と思って聴いていると、時々、「ん!?」と思うときがやってくる。いま、主人公が少し笑っていなかった!? と、ナレーターの声の調子で気づくのだ。そしてがばっと起き上がり、デスクに走り、問題の箇所の原書と訳文を照らし合わせる。ああっ! ここはもう少し明るい気持ちだったのか! ……というわけだ。ありがたいですね、オーディオブック。ちょっと高いけど。

 さて、今回読んだ(聴いた)のは、貴志祐介の『黒い家』だ。言わずと知れた大ベストセラーで最恐ホラーと呼び声の高い一冊だ。怖すぎて一秒たりとも寝落ちできない。紙の本でも読んだことはあるが、一度ホラーを聴いてみたかった。私の頭のなかでは男性の声で物語が進行していたようで、本書のナレーターが女性だったことで、物語の違う面が感じられたような気がする。怖すぎた。

貴志祐介『黒い家』(オーディオブック/ナレーション乃神亜衣子/2016年8月配信)
貴志祐介『黒い家』(オーディオブック/ナレーション乃神亜衣子/2016年8月配信)
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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』など。
最新刊は、家族の実話を描く書き下ろしのエッセイ『全員悪人』。すでに好評、話題となっている。

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ブログ:https://rikomurai.com/

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