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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
翻訳家の村井理子さんによるエッセイ『兄の終い』。
実兄の孤独死をめぐる顚末を、怒り、哀しみ、そして、ほんの少しのユーモアで描いた話題作です。
『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖』など、数多くの注目翻訳作品を手掛ける村井さんが琵琶湖畔に暮らして、今年で15年になりました。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と送る賑やかな毎日―。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

母の葬儀は、本人希望のレディースセット—家族葬への罪悪感はあるか、ないか

 先日、とあるグループ企業の葬式事業の広告が話題となった。スーパーでよく見かけるパックに入っている位牌の写真が掲載されていたわけだが、あまりに不謹慎過ぎるという理由で批判を浴びた。しかしながら、私にはそこまで不謹慎には思えなかった。もちろん、不謹慎だと感じる人がいることは十分理解できる写真ではあったけれど、私にとってその広告は、既視感すらあった。なぜかというと、その企業が冠婚葬祭サービス(そのサービスは、対人間だけに留まらず、ペットにまで及んでいる)を行っていること、それには散骨のサービスまで含まれることを、私はすでに知っていたからである。

 少し前の話になるが、母が膵臓癌すいぞうがんかかったとわかったときのことだ。母は唐突に、自分の葬儀に関することを相談したいと言い出した。私は、どんよりとした気持ちになった。母が重病に罹ってしまったという衝撃と同時に、なぜ、私なのだろうという気持ちが拭えなかった。なぜ長男の兄ではなく、私に頼むのだろう。母は私に対してこのような試練をいとも簡単に突きつける人だったが、私には彼女を拒絶しきることができなかった。

 母は、兄ではなく、私にすべてを任せたいと言って譲らなかった。沈黙している私に、「理由はわかるでしょ」と言った。そりゃ、あの破天荒な兄に任せることができないのはわかるけど、普通は長男でしょ……と思いつつも、母の心情を考慮して、こう返した。「今は医学も進んでいて、癌は付きあえる病気になっているんだから、変なこと言わないでよ! 万が一のときはもちろん私が責任持つから、とにかく治療に専念して」と明るく言ったのだ。母が、私のそのような言葉を待って、私を試したことがわかっていたからだ。私はいつも、母を大いに慰める立場だった。口からの出任せだったとしても。

 母はうれしそうに、「そうかな。そうだよね、癌は付きあえる病気だよね」と言い、「まあ、東京オリンピックまでは生きていたいと思ってる。あなたの子どもたちの成長も見たいし」とつけくわえた。それでも、「参考にして欲しいから、パンフレットだけは送っておくね」と言い、電話を切った。数日後、大きな封筒に入った葬儀場のパンフレットが届いた。開いて見ると、「レディースセット」という文言に、赤いペンで丸がしてあった。レディースセットが母の希望らしかった。

 思わず笑ってしまった。お葬式にレディースセットがあるなんて、まったく愉快だ。内容を見てみると、簡素な式には違いないが、様々な配慮がなされていた。いろいろなサービスを、少しだけ。少しだけだけど、上品に、華やかに。ミニうどんとミニ天丼、漬物の小鉢がひとつ、四角い盆に載った絵を想像しながら、なるほどねと納得した私は、それからしばらく葬儀について自分なりに調べた。そこで、大手スーパーだとばかり思っていた企業が、お葬式や散骨サービスまで手広く提供していることを知った。何から何までおまかせである。すごい。数年後、実際に母が亡くなったときは、言いつけ通りレディースセットで母を送り出した。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。最新刊は『兄の終い』 。主な著書に『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』など。
近著は、エッセイ集『村井さんちの生活』(新潮社)と、翻訳書『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』(双葉社)。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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