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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」

お弁当時間、女子中学生の憂鬱—おかずの彩りに憧れて

 本当にありがちな話だとは思うけれど、祖母は白飯の横に煮魚を詰めていた。それも鰯だ。急いで弁当箱を閉じて、周りを見回した。ベーコンが巻かれたアスパラガス、プチトマト、卵焼きの甘いにおいがふんわりと漂っているそんな部屋に、突如姿を現した鰯の煮付けのショッキングな姿と、自分の姿が重なった。いや、嫌いじゃないよ、嫌いじゃないんだけど……。

 思い返してみれば、祖母は素っ頓狂な料理を作る人だった。朝ご飯にミートソーススパゲティが出てきたり、ある日作ったカレーには、くし形に切ったリンゴが入っていた。確かに、テレビのコマーシャルでは西城秀樹がリンゴとはちみつのカレーと歌ってはいたが、まさか本当にリンゴを入れる人がいるとは夢にも思わなかった。そのうち、父も兄も祖母の料理を避けるようになり、私が自分の弁当用にと作って冷蔵庫に大切に保管している惣菜を、私の目を盗むようにして全て食べてしまうようになった。翌朝、冷蔵庫を覗いて自分が作った惣菜がなくなっているのを見ると、お弁当に詰めることができないことがわかって私はがっくりときたし、祖母もがっくりときていた。自分の料理よりも、孫娘の料理のほうが、家族からの支持を得ているのである。今考えてみれば、祖母にとっては気の毒な話だ。
 
 ある日、ワカメと鰹の煮物が入った弁当を手渡された私は、祖母に遠慮がちに言った。

「今日は校外学習だから、パンを買うね。だから、お弁当はいらないよ」

 それだったら早く言えと祖母はプンプン怒っていたが、私は安堵した。学校に到着すると購買部に走って、パンのチケットを買って、その日から私のランチはずっとパンになった。お気に入りはジャムとマーガリンが塗られたフランスパン。毎日毎日、飽きもせずに私は固いフランスパンを上機嫌で食べ続けた。

 祖母の煮物が嫌いだったわけじゃない。地味な弁当が恥ずかしかったわけじゃない。私は、アスパラガスの緑、プチトマトの赤、卵焼きの黄色が並んだ弁当がどうしても羨ましかった。様々なおかずが詰められた、ちいさなお弁当箱に憧れていた。それだけのことだ。

 今回読んだのは、阿部直美の『おべんとうの時間がきらいだった』。読み始めてすぐに、これは私のことなのではないのか? と思うほど、わかる、ああ、すごくわかる……という共感の連続で、ページをめくる手が止まらなかった。なぜこんなにもすべての情景が想像できるのだろうと思いつつ、著者のプロフィールを見て気づいた。同い年なのだ。海外で暮らしていた時期も重なっている。一方的な親近感は迷惑でしかないと思うのだけれど、日本を離れて暮らしていたあの頃の彼女、そしてあの頃の私が、三〇年以上の時を経て、一冊の本で繋がったような気がして、とてもうれしかった。

阿部直美著『おべんとうの時間がきらいだった』(2020年6月刊行/岩波書店)
阿部直美著『おべんとうの時間がきらいだった』(2020年6月刊行/岩波書店)
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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。最新刊は『兄の終い』 。主な著書に『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』など。
近著は、エッセイ集『村井さんちの生活』(新潮社)と、翻訳書『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』(双葉社)。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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