よみタイ

風邪をひいたら小田巻蒸し

『かもめ食堂』のおにぎり、『パンとスープとネコ日和』の様々なスープ。
群ようこさんが小説の中で描く食べ物は、文面から美味しさが伝わってきます。
調理師の母のもとに育ち、今も健康的な食生活を心がける群さんの、幼少期から現在に至るまでの「食」をめぐるエッセイです。

イラスト/佐々木一澄

ちゃぶ台ぐるぐる 第15回 風邪をひいたら小田巻蒸し

イラストレーション:佐々木一澄
イラストレーション:佐々木一澄

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 私の周囲では、昨年末から体調を崩している人がとても多い。仕事関係の方々とは、ほぼ毎日メールのやりとりをしているが、半分くらいの人が、「ひどい風邪をひいた」「ずっと体調不良が続いている」「お腹をこわした」などと書いていた。私のほうは乾燥で喉が少しいがらっぽいときが二日ほどあったが、おかげさまで今のところは風邪もひかずに過ごしているので、
「みんな、大丈夫か」
 と心配になってきたのである。
 漢方薬局に常用している煎じ薬を取りにいったときも、先生が、
「本当に風邪をひいている人が多くて」
 と嘆いていた。
 私の場合はふだんは食材の買い出し、週に一度、薬局へ薬を取りに行く以外、ほとんど人とは接しないので、感染リスクはとても低いのは事実である。毎日、通勤、通学がある人は、そうもいかない。ひと月の間に、ひどい風邪を二度ひいたという話を聞くと、寒い日が続いて乾燥もしているし、受験の時期でもあるし、本当に大変だと思う。
 そんな話を漢方の先生としていたら、「みんな食欲がないっていうのよ。何か食べてくれないと元気が出ないんだけどねえ」
 という。やはりふだんからきちんと食べていない人は、風邪もひきやすいし、治りにくいのだそうだ。体調を崩した人が、何も食べていないといったので、
「いちばんいいのは、重湯なんだけど」
 といったら、重湯を知らなかった。私が子どものときは、体の具合が悪くなると、だいたい最初は重湯だったのだが、今の人はそういったものを見たことも聞いたこともないのだそうだ。先生が、簡単にいえば、お粥の上澄みみたいなものといったら、
「そんな気持ちが悪いものは食べたくない」
 という。
「それじゃ、お粥は?」
 と聞いたら、
「それもいやだ」
 と拒否された。いったい何なら食べられるのかと聞いたら、冷たいゼリーやアイスクリームというのを、なるべくやめてもらうように説得することも多いらしい。
「風邪は体にこもった熱を発散させなきゃ治らないの。それには胃に温かいものを入れないと」
 風邪がいったん治ったのに、短期間でまたすぐにぶり返してしまうのは、完全に治っていなかった証拠なのだそうだ。
「体温計で体温が平熱になったとしても、脈拍が速かったら安静にしていなくちゃだめなのよ」
 体温計は体の表面の温度は測定できるけれど、深部体温までは測定できないかららしい。深部体温が下がっていないと、体内にはまだ余分な熱がこもっている。それを判断するには、脈拍が大事なのだそうだ。
「平熱は人それぞれ違うから、その人の平熱に下がって、ふだんの脈拍数にもよるけれど、安静時の脈拍が七十五以下だったら、動いて大丈夫っていう感じかな」
 それを聞いてからは、熱があるのかなと感じると、体温だけではなく脈拍もチェックするようになった。
 私の場合は風邪をひいても食事が摂れないということがないので、申し訳ないけれど食べられないという人の気持ちがわからない。先生は立場上、何とかして体調不良の人たちに食べさせ、体力を回復してもらわなくてはいけないので、知り合いの和食料理店の店主に何かいい食品はあるかと聞いてみた。すると、
「そういう場合は茶碗蒸しがいちばんいいんじゃないですか。出汁、卵も入っているし、のどごしもいいし」
 と教えてくれた。しかし先生が、
「茶碗蒸しは手間がかかるし、体調不良の人に作れというのも難しい」
 というと、出来合いのだしの素や白だしを使って、具材は入れずに卵だけでも、何も食べないよりはいい、電子レンジで二、三分で作れるからといわれたのだそうだ。
「電子レンジで作れれば、時間も短くて済むからいいわね」
 先生は納得し、食欲がないという人たちに薦めているのだそうだ。それでも面倒くさいといって食べようとしない人が多く、
「いったいどうしたものか」
 と頭を抱えていた。体調不良の人が食べたがるものは、症状が悪化する可能性があるものばかりなのだそうで、人間というのはそういうものかもしれない。私も以前は好きな甘い物を食べ続けて体調不良になったので、彼らの気持ちもよくわかる。しかしそれをぐっと我慢しなければ、体調が戻るのが遅れてしまうのだ。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』『雑草と恋愛 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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