よみタイ

四十六年間のひとり暮らしと自炊

『かもめ食堂』のおにぎり、『パンとスープとネコ日和』の様々なスープ。
群ようこさんが小説の中で描く食べ物は、文面から美味しさが伝わってきます。
調理師の母のもとに育ち、今も健康的な食生活を心がける群さんの、幼少期から現在に至るまでの「食」をめぐるエッセイです。

イラスト/佐々木一澄

ちゃぶ台ぐるぐる 第7回 四十六年間のひとり暮らしと自炊

イラストレーション:佐々木一澄
イラストレーション:佐々木一澄

 二十四歳からひとり暮らしをはじめて、今年で四十六年になるのだけれど、基本的にずーっと自炊である。三十歳で会社をやめる直前には、書く仕事も増えてきていた。アパートに帰って、深夜から早朝にかけて仕事をしていたので、晩御飯を作る時間がとれない。会社の帰りに、当時は井の頭通り沿いにあった、三浦屋でお弁当を買って、それで済ませていた。
 そんな中食がほとんどだったが、少し時間ができると料理を作っていた。もともと料理は嫌いなのに、栄養バランスを考えると自分で作るしかなく、仕方なくやっていたのである。実家にいるときは、栄養士、調理師の免許を持っている母が、どんなに忙しくても毎日、料理を作ってくれ、私は手伝いも頼まれなかったため、食べることだけに専念していた。母は調理を手伝ってもらうよりも、私たちの感想を欲しがっていたようだ。
 実家には二、三冊の料理本と、母が新聞の料理記事などを切り抜いた、スクラップブックが数冊あった。開いてみると、食材や調味料の分量がとても細かく書いてあり、それを見ただけでうんざりした。私は本を読むのは好きだが、そのような手順が細かく書いてあるものは、読むのが面倒くさくて、すぐに目が拒否した。ただでさえ料理を作るのは荷が重いのに、いちいち大さじの半分だの小さじ1だのと、細かく書いてあるのを見ると、
「そんなのどうでもいいじゃないか。自分で食べておいしければ」
 といいたくなった。
 母を見ているとほとんど計量カップや計量スプーンなどを使わないので、
「料理の本はあまりに細かすぎる」
 と食材、調味料の量り方の細かさや、手順の書き方に文句をいうと、
「基準がないと、味付けをどうしていいかわからないでしょう。面倒くさいと思っても、一度、書いてあるとおりに作ってみて、塩味が強いとか甘すぎるとか感じたら、好みに味付けを変えればいいのよ」
 といわれた。なるほどと納得はしたが、読みたくない細かい数字や調理工程は、やっぱり読む気はおこらず、食材と調味料をにらんで、頭の中で、こんな味とイメージすると、おもむろに作りはじめた。もちろんほとんど失敗した。面倒くさいので、どこをどう失敗したかも検証せず、
「あーあ、だから料理はいやなんだ」
 とふてくされていた。
 しかし実家を出てひとり暮らしとなると、いやだ下手だといっても、自分で作らなくてはならない。そこで書店に行って、中とじの薄い、お総菜の本を買ってきた。グラフ社のマイライフシリーズのうちの一冊で、著者は村上昭子さん、までは覚えているが、書名は忘れてしまった。ひとり暮らし用の料理本ではないので、半分、四分の一の量にして片っ端から作ってみた。余った分は冷蔵庫で保存して、翌日分である。これならば私にもできそうという気持ちにさせてくれる本だった。
 内容は基本的な家庭料理だったが、こんな私が作っても、それなりにおいしくできて、本がぼろぼろになるまで愛用した。砂糖を使いたくなかったので、煮物の場合は、出汁だしと醬油とみりんがあれば、何とかなるとわかった。
 自炊で大切なのは一回きりではなく、料理の習慣をつないでいくことだと思うので、この本のおかげで私は自炊の習慣を作ることができた。煮物の材料を最初はそろえて購入したが、残る食材もある。一回目を作り終わると、二回目には余った食材に新たな食材を足して料理を作る。そして三回目はまた食材を足して……というふうにしていけば、自炊は続けられるのである。
 私は毎食、違うジャンルの料理を食べたいとは思わず、同じものを続けて食べても平気なので、その点はよかったかもしれない。四人分の鶏肉と野菜の薄味の煮物を作り、それを基点にして、次は足りない野菜や食材を加えていくうち、最終形はだいたいカレーかシチューになった。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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