よみタイ

部活帰りのラーメン

 一人で店に入ると、すでに顔見知りになっていたので、夫婦は愛想よく迎えてくれた。出前専門の男性も、何度も出たり入ったりしてとても忙しそうだった。私が食べるのはいちばん安いラーメンばかりだったが、何度食べてもおいしかった。
 そのうちこの店のうわさは広がり、同じ卓球部の子が、
「私も行きたい」
 というので、学校帰りに一緒に行った。二人でラーメンを食べて、
「おいしいねえ」
 と顔を見合わせて笑ったりした。そして汁まですべて飲み干して、丼の中をからからにして帰ったのである。
 その後、家に帰っておやつを食べ、夕食もちゃんと食べるのだから、部活で運動していても、太るに決まっている。その結果、身長百五十センチなのに、体重は六十キロ近くになってしまった。そのせいか私の性格のせいかはさだかではないが、のちに男女交際に関しては、暗黒の高校時代を過ごさなくてはならなくなるのだが、いったい毎日、どれだけのカロリーを摂取していたのかと、後年、我ながらあきれたものだった。
 私の散歩ルートの道沿いに、町中華の店がある。古くから営業しているようで、いかにも昭和からの店といった感じなのだが、気にはなりつつも入る勇気はなかった。もしかしたら閉店しているのではと思ったこともあったが、夏に引き戸が開いていたので、歩く速度を落としてそっとのぞいてみたら、店内は満席になっていた。ちらっと見たところでは、子ども、若い人、年配の人など、男女の偏りはなかった。そしてそれから何度もその店の前を通ったが、いつもお客さんで席が埋まっていた。
 つい先日も散歩がてら店の前を通ったら、頭にタオルを巻いて迷彩服のつなぎ、白い長袖シャツに黒のパンツ、グレーのトレーナーにカーキ色のパンツの、若い男性が三人、店の前に立ってタバコを吸っていた。近くの作業現場で働いていて、昼休憩をしているといった様子だった。それもその三人ともが作業着姿ながらとてもセンスがよく、全員モデルかと思うくらいのスタイルと顔立ちだったので、おばちゃんとしては、まあ素敵と思いながら、彼らを見ていたのである。
 以前、建築現場で働いている若い男性が、トラックのサイドミラーを見ながら、熱心に日焼け止めを塗っているのを見て、びっくりした記憶があった。外見に気を遣うという意識が、作業をするための服は、汚れるからどうでもいいではなく、自分が着る服は何であっても、センスよく格好よく着たいという、今の若い人たちの気持ちにつながっていったのだろう。
 外で待っているほど、店が混んでいるのかなと思っていたら、中から店主らしい男性が出てきた。年齢は私と同じくらいだろうか。長い間、厨房で鍋を振っているせいか、背中が丸みを帯びてまえかがみになっているが、動作はきびきびとしていて若々しい。そして店の前に若い男性三人が立っているのを見て、
「どうしたの?」
 と声をかけた。すると彼らは、
「ちょっと中をのぞいたら、お客さんが何人かいるでしょう。ぼくたちタバコを吸うから、他のお客さんに迷惑がかかるし、みんなが食べ終わるまで待っていようと思って」
 というではないか。
(まあ、何て気遣いのある優しい子たちなんでしょう。外見もよく性格もいいなんて、これ以上のことはないじゃないの)
 私に向けられた言葉でもないのに、うれしくなってしまった。すると店主が、
「何だよ、そんなの気にしなくていいよ。うちの店は禁煙じゃないしさ。平気だよ、入りなよ。換気扇だって大きいのがずっと回ってるんだから」
 と手招きした。すると彼らは、
「ありがとうございます。それじゃあ」
 と小さくお辞儀をして店内に入っていった。最初から最後までいい子たちなのだった。
 私は家に帰るまで、
(とってもいいもの見ちゃった)
 と足取りが軽くなり、これが町中華のいいところなんだなと思った。ファミリーレストランでは、分煙しているところもあるけれど、その店の近くの店舗を調べてみたら、全面禁煙になっていた。町中華は店構えから喫煙まで、昭和のままなのだった。
 私は若い頃に二、三回行って経験したことと、テレビで観た情報しかないのだが、ファミリーレストランは、応対がマニュアル化されていて、丁寧ではあるけれど、人間味があるかというとそうではない。最近ではロボットが食事を持ってきてくれる店舗もあるとか。やってきたネコ型ロボットを見て、幼児が怖がってギャン泣きしたという話も聞いた。つまりそのような人間以外のものでも、十分、用が足りるのである。起こりうるトラブル、リスクを考えたうえで、すべてがスムーズに動くように決められたなかでのことなので、客にすれば最低限の安心は保障されているのかもしれないが、店と人との交流があるかというと、それほどでもない。
 チェーン店などで、マニュアル通りの丁寧な言葉使いをしているけれど、目が全然、笑っていない店員さんに対して、
(あなた、絶対に心からそうは思ってないよね)
 といいたくなった経験は多々あった。また妙にテンションが高い、愛想がよすぎる店員さんもいて怖かった。そのときは言葉と顔つきの差にぎょっとしたけれど、落ち着いて考えると、客にも変な人がいるから、いやな出来事があっても、マニュアルできっちりと決められた応対をしなくてはならない店員さんも気の毒だったのだ。
 町の店は人と人とのつながりがより深い。
 気に入らない客が来たら、店主がけんをしたり、客も二度と行くもんかとむかついたりするだろう。それでいいのではないか。トラブルはないほうがいいかもしれないが、それを避けるためにすべて無難に管理されているのはつまらない。人と人が関わり合うからいろいろな出来事が起こるのだけれど、そのなかで私が目撃した店主と、気遣いができる若者たちのような交流も生まれる。町中華が昭和のおじさん、おばさんたちだけではなく、若い人にも人気があるというのも、とても喜ばしいことではないかと思うのである。

次回は5月8日(水)公開予定です。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『しあわせの輪 れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『小福ときどき災難』『今日は、これをしました』『スマホになじんでおりません』『たりる生活』『老いとお金』『こんな感じで書いてます』『捨てたい人捨てたくない人』『老いてお茶を習う』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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