よみタイ

ひとり鮨をキメる、そして明石の君を思う 第2回 明石

旅エッセイ『50歳からのごきげんひとり旅』の勢いが止まりません。
具体的で有益な情報と旅心を刺激するエッセイが旅渇望者の心を摑み、発売から1年を経て版を重ね続けすでに11万部に。
食へのあくなき探求心はもちろん、好奇心にあふれる料理研究家の山脇りこさんが、
訪れるほどに深みにはまるという関西、西の都を案内します。
第1回では、京都での写経体験が綴られました。今回は、NHK大河ドラマ『光る君へ』で注目される源氏物語関連エリアの明石。どんな味に、どんな風景に出会うのでしょうか。

イラスト/丹下京子 写真/山脇りこ

第2回 明石

秋に再訪した須磨海岸にて。写真:山脇りこ
秋に再訪した須磨海岸にて。写真:山脇りこ

いつかひとり鮨を

 いつかひとり鮨を、と密かに誓っていた。
 ドラマ「ソロ活女子のススメ」では、主人公が初めてのひとり鮨で、“うに”を好きなだけ食べる。高級ネタをごちそうしてもらうが、本当はかっぱ巻きが好きで一人で“かっぱする”銀座のホステスさんもでてくる。
 私も、自由に好きなネタが食べたいからひとり鮨がしたいのか? というと、そういうわけではない。鮨屋ではいつも割と自由に食べてきた気がする。魚の国・長崎生まれなので、魚には割と詳しいのよ、と己惚れているし、あまり気後れもしない。
 しかし、ひとりでとなると……うーむ、いい年だけどムリか。だからこそ、これができたら一人前な気がしてならない。やっぱり、本気鮨と本気フレンチには究極のおひとり様感がある。
 特に立派な鮨屋のカウンターは衆目の中のひとり。食べているものも、大将とのやりとりもみんな見ている、聞いている、いや聞こえてしまう。これぞ大人の肝試し。
「女ひとり寿司」(湯山 玲子著)という、ひとり道の強者=つわものの本もあり。私も、そうなるべく挑戦してみたい。ああ“つわものどもが鮨のあと”心持がどう変わるのか? 自分に興味がわく(すいません、芭蕉の句とは関係ないです)。
 さて、じゃあどこで? 江戸前の東京はすかしすぎていてムリ、博多・札幌・金沢といった全国からうまい鮨を目指して人が集まる激戦区もちょっとなーとビビり発動。カウンターでのナイスなトークがかなり苦手だから、ほっといてくれる、行ったことがない店がいいな。つらつらと、旅先でも候補地を考えていた。
 そんな中、おお! 行けるかも? 行きたいかも? と浮かんだのが明石。好みの魚が多いし、関西の人懐っこさに大都会じゃない気安さがある。江戸前にこだわっていないからハードルも高くなさそう。お値段も優しいんじゃないの~と。

 

昼網の明石

記事が続きます

 10年ほど前に相方と行った明石で、“明石は昼網ひるあみ”と知った。多くの地で魚は早朝(というか夜中)、港に揚がってくる。そして競りは大きな漁港の市場なら3時頃から5時頃まで、魚の種類別に行われる。しかし、明石の競りは11時半から。それで明石であがった魚を「昼網」と呼ぶらしい。なんと働きやすそうな……と思ったのは私だけか?
 しおの速い明石海峡あたりでは、つとに知られるタコや鯛だけでなく、100種類をこえる魚が水揚げされるらしい。潮が速い、と聞くと長崎人(私)は玄界灘や五島灘の荒波で鍛えられた筋肉質の魚を思い浮かべる。おそらく明石海峡でも早い潮の流れに鍛えられたぷりっぷりの魚が水揚げされるのだろう。そして港から漁場が近いからこその昼網なのだろう。
 ちなみに、競り前の魚の選別を担う漁師の妻が多いことから、“日本一女の人が多い競り”といわれているそう。いい話だわ。
 その10年前の明石で、昼網の魚を使う鮨屋に行ったら、しゃりもネタも大きめでちょっとびっくりした。江戸前も、リアル江戸時代はスパムサンドくらいの大きさだったと聞くけど、今ではすっかり小さくなって、“よほど指の細い方が握ったのかしら?”ってくらい小ぶりな握りもある。
 でも明石はちがっていた。「魚、おいしいから、大きめでいってみてよ」と。ま、そんなことは言われなかったけど、ネタは厚め大きめ。刺身も握りも、魚は獲れたての「キレッキレ」だった。
 私は、魚は獲れたてに勝るものなし! 鮮度がいちばん、と言われて育ったので、流行りの熟成には全く興味なし。ねっとりして独特の味わいになるおもしろさもわからなくはないけど、キレッキレの活魚の、こりっとした身の食感に軍配を上げたい。
 数日おく熟成とは、鮮度で勝負するのが難しい都会の飲食店のコスト管理のための手法か? と思っている(個人の意見です)。
 よし、明石で肝試し、ひとり鮨をキメてみよう!

記事が続きます

1 2 3 4

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

関連記事

山脇りこ

料理研究家。東京都内で料理教室を主宰。長崎県の日本旅館に生まれ、四季折々の料理に触れながら育つ。旬の素材を生かした野菜料理や保存食が特に得意。食いしん坊の旅好きで、国内外の市場や生産者めぐりがライフワーク。特に台湾はガイドブックを刊行するほどのリピートぶり。著書に『50歳からのごきげんひとり旅』(大和書房)『50歳からはじめる、大人のレンジ料理』(NHK出版)『食べて笑って歩いて好きになる 大人のごほうび台湾』『いとしの自家製 手がおいしくするもの。』『一週間のつくりおき』(ぴあ)『台湾オニギリ』(主婦の友社)など多数。

http://www.instagram.com/yamawakiriko/

週間ランキング 今読まれているホットな記事

      広告を見ると続きを読むことができます。