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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

金的に始まり、金的に終わる恋

 冬の足音がすぐそこまで聞こえてきた十一月下旬。
 寒風吹きすさぶ夕方の運動場に身長135センチの空手家と小五のマゾが二人きり。
 ちなみに私はマゾなので寒いのは平気である。

「田代さん、いきなりごめんな」
「いいよいいよ、どうしたん?」
「いや、最近田代さんにさ、嫌なこと言ったり悪戯したりしてたやん? 実はあれ、わざとやってたんよ」
「え? わざと? なんで?」
「田代さん、この前、福岡君をぶっ飛ばしたやろ? めっちゃ格好良かった。あれ見ててさ、俺も田代さんに殴られたくなったんよ。それで、田代さんを怒らせたら殴ってくれるかなって思っていじめてたんよ」
「え? 私に殴られたい? なんで?」
「俺、親父に言われて、小さい頃から体鍛えてるんよ。だから空手をやってる田代さんの正拳突きを受けてみたいんや。自分の鍛えた体を試したいねん」

 さすがに自分が変態であることを告白はできない。それならこの理由しかないだろう。これが小五の脳味噌を振り絞って考えられる限界だった。
 私の言葉を聞いた田代さんは少し考えてから言った。

「いいよ、でも、私本気で殴るよ? 空手なめんといてよ」
「本気がいいねん!」
「グーでいいの? ビンタじゃダメなん?」
「グーがいいねん!」
「痛かったらごめんな」
「痛いのがいいねん!」

 ああ、夢がついに叶う。
 今から田代さんは私を殴る。そして彼女に殴られることで私はこの瞬間に自分が生きていることを実感するのだ。
 もう親父に殴られるのは飽き飽きだし、心臓病の祖父に私を殴る力は残っていない。優しい祖母は私を殴るわけがないし、男友達に殴ってもらうのは普通にイラつきそうで嫌なんだ。田代さん、もう君しかいない。

 私は全身に力を込め、静かに目を閉じた。そして数秒後に訪れるであろう破壊的衝撃と至福の瞬間を今か今かと待ちわびる。
 ん?
 来ない。
 衝撃が来ない。
 どうしたんだ、田代さん。
 三十秒ほど待っただろうか、私はゆっくりと目を開ける。
 そこには鼻水を垂らして「ヴヴヴ……」と獣のような声を出して泣きじゃくる田代さんの姿があった。
 予想だにしない光景に私の頭は思考を停止する。

「あの……なんで泣いてるん? なんかあった?」
 それだけ口にするのがやっとだった。鼻水をすすりながら、田代さんは必死で言葉を発する。

「ヴヴ……殴りたく……ないよ。ヴヴヴヴ……」
「え?」
「ヴヴヴ……、あんたのこと……ヴヴ……殴りたくない」

 そう言って、大粒の涙をポロポロとこぼす田代さん。とりあえず、今日のところは計画中止だ。

「田代さん、ごめんな。もう殴らんでいいから。変なこと頼んでごめんな」
「ヴヴヴ……ありがと、ヴヴヴ、でも殴ってあげれなくてごめん……ヴヴヴ、私、どうしたらいいの、ヴヴヴヴヴヴヴヴ!」

 田代さんはもう「ヴヴヴ」としか言わなくなった。彼女が泣く理由はわからないが、私がこの子をひどく傷つけてしまったことだけは間違いない。それだけは確かだった。

 この日を境に、私たちはお互いになんとなく距離を置くようになった。最低限の会話は交わすけど、自分から近づくことはなく、やがて六年生になってクラスが別になり、そのまま小学校卒業を迎えた。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』が来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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