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「手芸」を通して失われた地域のコミュニティを再興する@石川県珠洲市・本町ステーション【後編】

手話通訳や音声サポートなどのアクセシビリティ(情報保障)をはじめ、誰もがミュージアムを楽しめる取り組みを総称してアクセス・プログラムといいます。
これらには、視覚・聴覚障害のある人とない人がともに楽しむ鑑賞会や、認知症のある高齢者のための鑑賞プログラムなど、さまざまな形があります。
また、現在はアーティストがケアにまつわる社会課題にコミットするアートプロジェクトも増えつつあります。

アートとケアはどんな協働ができるか、アートは人々に何をもたらすのか。
あるいはケアの中で生まれるクリエイティビティについてーー。
高齢の母を自宅で介護する筆者が、多様なプロジェクトの取材や関係者インタビューを通してケアとアートの可能性を考察します。

2024年1月1日の能登半島地震発生の被害から、未だ復興の遅れも指摘されている石川県珠洲市。
震災の影響によって、かつての地域コミュニティの喪失も懸案されています。
今回は、震災後に地元の珠洲市に誰でも立ち寄ることができる「居場所」を作った松田咲香さん、そこで「手芸部」を立ち上げたアーティスト宮田明日鹿さんの取り組みを取材。前編では、手芸部の活動内容と、そこに集う珠洲の方々の声を紹介しました。
後編ではインタビューを通して、珠洲市に「手芸部」を立ち上げた宮田さんの意図、思いを紹介します。

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素材に触れ、語り、胸のつかえが取れる瞬間

筆者は石川県珠洲市を舞台とした「奥能登国際芸術祭2017」を鑑賞し、現在休業中の狼煙旅館に宿泊したことがある。作品以上に、会場でガイドなどをしている地元の人々の温かさやたくましさが印象に残った。

一方、アーティストの宮田明日鹿さんとは「国際芸術祭あいち2022」での「有松手芸部」の展示場で初めて会った。芸術祭の会場の一つ、絞り染めの「有松絞り」で有名な名古屋市緑区有松で「手芸部」の活動が行われ、この活動を発表していた。それ以前から「手芸部」プロジェクトの第一号、名古屋市港区の「港まち手芸部」の活動も知っていたが、手芸部参加者の作品はどこもクリエイティブで、人々も穏やかで明るかった。

有松手芸部「国際芸術祭あいち2022」展示風景 撮影:筆者
有松手芸部「国際芸術祭あいち2022」展示風景 撮影:筆者

そのため、宮田さんと珠洲も相性が良さそうだと感じていた。手芸を起点としてコミュニティを育む「手芸部」の意味も新たに深まりそうでもある。「本町手芸部」を立ち上げてから現在までの印象を宮田さんに尋ねた。

「東日本大震災の時は余裕がなくて何もできなかったけれど、今なら何かできるかなと思ったのが最初です。能登半島地震の後、2024年9月には奥能登豪雨もあったので、どのタイミングで必要とされているのかわからず、逡巡はありましたが、まず行ってみて、手芸部を立ち上げて続けられる状況なのかを見てこようと思いました」。

これまで、アートによるまちづくりや国際芸術祭、美術館などの依頼で「手芸部」プロジェクトを立ち上げてきた宮田さんにとって、自ら資金を集めてオルタナティブな枠組みからつくるのは初めてのことだ。6月に「公益財団法人 小笠原敏晶記念財団 令和6年能登半島地震」の文化芸術助成部門に申請し、9月に採択され、10月末に手芸部1回目の活動を行うことができた。

1回目から十数人の参加者が集まった。宮田さんの「手芸部」プロジェクトでは、決まった課題を習うのではなく、自分が作りたいものを考えて作る。「最初は皆さん戸惑いがあったんですけど、私が、こういうのを作ったことがあるよと言って、果物の実を編んだものを見せたら、皆さんすぐに自分の好きなモチーフを編み始めました。被災後初めてやっと手を動かせたという方もいましたね」。

編み物が初めての人もいるが、珠洲は手を動かせる人が多いという。得意、不得意な技術はそれぞれにあるが、少し話すだけで勘が戻り、自在に編んでいく。
手芸素材は、港まち手芸部をはじめ、2回目の11月からは、繊維の街で知られる愛知県一宮市の繊維工場からも提供があった。「この布可愛いねとか、これとこれを組み合わせたらどうなるかな、などと話し合いながら、素材と触れ合うことから始めました」。今ある素材からアイデアを膨らませていく作り方も楽しい。

色と材質の異なる2本の糸で編んだ小物入れ
色と材質の異なる2本の糸で編んだ小物入れ

「1人で黙々と手を動かすことも好きだけれど、集まって作ったものを見せ合って、きれいだね、と言われれば、もっと作ろうかなと思える。作りながら他愛もない話をすることも大切で。
県外から訪れる者がどれだけ寄り添えるのか不安もありましたが、人と人が出会える場所でポロッと本音などの話ができる瞬間もあり、手芸部がその種になればとも思います。ささやかな雑談から震災の話になったこともありました。無理に話すことではないですが、外の人だからこそ話せるきっかけができたり、知ってほしいこともあったりする。少しでも胸のつかえが取れるようなきっかけになればとも思います」。
今年7月、本町手芸部にとっては初めての夏。宮田さんは現地に溶け込み、地域の人たちが主体となるよう、さりげなく場を支えていた。

「本町手芸部」 2025年7月取材 
「本町手芸部」 2025年7月取材 
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白坂由里

しらさか・ゆり●アートライター。『WEEKLYぴあ』編集部を経て、1997年に独立。美術を体験する鑑賞者の変化に関心があり、主に美術館の教育普及、地域やケアにまつわるアートプロジェクトなどを取材。現在、仕事とアートには全く関心のない母親の介護とのはざまで奮闘する日々を送る。介護を通して得た経験や、ケアをする側の視点、気持ちを交えながら本連載を執筆。

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