よみタイ

稲田ズイキ「罰当たりなほどにユルくてポップな仏教トーク」

仏教の「縁起」を理解すれば、失恋の傷は秒で癒える!かもしれない

教えてブッダ! 「恋」を仏教的に解析してみる

もしも2500年の時を経て、ブッダに恋バナを相談してみたらどうなるだろうか。

僕「なんか突然フラれちゃったの、マジありえなくなくなくない〜〜〜?」
ブッダ「いや、ありえなくないからwwwww」
僕「えっ、急に『重い』ってかまされたんだよ? ありえないっしょwwww」
ブッダ「どんだけ愛してても、出会ったからには絶対いつかは別れるっしょ、マジ『愛別離苦』だかんねこの世は」

ブッダならこう言うにちがいない。つまり、生きている以上、誰だって失恋する可能性はあるということだ。

「ハァ? うちらの恋愛ナメんなし?」とプリクラに「FOREVER」と落書きしたくなる気持ちを抑えて、ここで仏教の解釈に耳を傾けてみてほしい。

恋とは、自分と相手、そしてそれを取り巻くあらゆる人・もの・観念がお互いに影響を及ぼし合った結果、たまたま、「恋」という状態が成立していただけである。でも、恋は盲目とはよく言ったもので、僕らはその状態を永遠だと信じていたり、続くはずだった未来を想像してしまう。それなのに決して結ばれない現実とのギャップに胸を痛め、心のモヤモヤが生まれてしまうのだろう。

もう恋なんてしないなんてダメ。ゼッタイ。

失恋がなぜあんなに苦しいのか、なぜあんなに胸がキュゥっと締め付けられるのか、それは刻一刻と移り変わる「因」と「縁」によって、かろうじてそこにある「恋」という状態のものを、僕たちがあたかも不変なものとしてとらえてしまうことから生じているのだ。

恋は儚い。そんな誰もが薄々わかっていた事実を「ソース:ブッダ」で証明してしまった訳だが、でも決して、もう恋なんてしないなんて絶対言わないでほしい。

思い返せば、フラれてばかりの人生であった。でも、すべてのものが縁起の上に立っているのであれば、数多の失恋を経て今の自分が構成されている。

あの人と過ごした時間、あの時の気持ち、フラれたことでさえも、一つとしてなければ今の自分は成り立っていない。あの日の「重い」があるからこそ、僕は今ここにいるのだ。
自分も縁起の上に立っているのであれば、辛いことも悲しいことも嬉しいことも、1秒前の過去はすべて自分。無駄な時間なんて一つもないことに気づく。

過去に執着することは苦しみを生むけれど、過去があるから今がある、そうやって今の自分の立つ位置を確かめれば、新たな一歩につながるはずだ。
大切なことは、すべてが移ろいゆく世界だからこそ、今を大切にすること。
新たな恋は今あなたが立つ縁起の上に、ひっそり見つかるかもしれない。

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稲田ズイキ

いなだ・ずいき●僧侶。1992年京都の月仲山称名寺生まれで現・副住職。同志社大学を卒業、同大学院法学研究科を中退、その後デジタルエージェンシー企業インフォバーンに入社。2018年に独立し、寺に定住せず煩悩タップリな企画をやる「煩悩クリエイター」として活動中。コラム連載など、文筆業のかたわら、お寺ミュージカル映画祭「テ・ラ・ランド」や失恋浄化バー「失恋供養」、煩悩浄化トークイベント「煩悩ナイト」などリアルイベントを企画しています。フリースタイルな僧侶たちWeb編集長。Twitter @andymizuki
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竹内佐千子

たけうち・さちこ●漫画家。おっかけ対象が男子で恋愛対象が女子のレズビアン。
自身の恋愛体験を描いたコミックエッセイをはじめ、おっかけ、腐女子、などをテーマにしたコミックエッセイを描き続け、最近はストーリー漫画も描いている。
赤ちゃん本部長』(講談社)、『生きるために必要だから、イケメンに会いに行った。』(ぶんか社)など。
ホームページhttp://takeuchisachiko.jp/
Twitter @takeuchisachiko

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